キラくんの愛は、とどまることを知らない
「もうそれ、早く結婚しちゃった方が楽だって!」
次の週の金曜日、久しぶりにヒカリが私の話を聞きに泊まりに来てくれた。
色々あったこの数週間の話を肴に、どんどんお酒が進んで行く。
「結婚だなんてっ! まだ付き合ってひと月も経ってないんだから!」
それなのに、色々あったな……
「えーでも、職場も公認でママにも会って、むしろなんでさっさと結婚しないの? って感じ」
ヒカリはそう言うが、私はまだ全然一人暮らしを堪能していない。
「ねぇ、もうしたの?」
「え? 何を?」
「またまたまたぁ、とぼけちゃって! ひよ子もついに処女を卒業したのかなって」
「……」
その話だったか。
「うそでしょ……まさかまだなの? え、さすがにキスはしたんでしょ?! したと言って! キラさんが可哀想すぎる!」
「キスはしたよっ! 付き合ったその日にした! 馬鹿にしないでっ!」
そう……あの日、展望台で唇をなぞられた後の事だ───
『ひよ子……ここは? まだ早いか?』
『っ……』
そう言われ、思った。
……もしかして、段階を踏むと言っていたが毎回こんな風に確認を取るつもりなのだろうか、と。
面倒くさい女かもしれないが、それは流石に恥ずかしい。なぞられた唇がゾワゾワして、思わず真一文字に閉じてしまった。
『ひよ子? 答えないとキスするぞ』
『……っ』
どうにでもなれっと、私は目を固く閉じて唇を突き出した。
その直後、しっとりとした柔らかな何かが唇に触れて、離れていき……うっすらと目を開ければ、優しい表情のキラくん目が合った。
『ひよ子にやるためにとっておいた、俺の貴重なファーストキスだぞ』
『だとしたら……私もキラさんのためにとっておいた事にします、ファーストキス』
なんだか照れくさくて、そのままキラくんの胸に顔を隠した。
『っ……二人の初キス記念日だな』
『はい』
どうしよう、この調子で何かするたびに記念日とか言い出したら……と若干不安になる。
『ひよ子、お互いに初めてが済んだわけだが……二回目以降は俺の好きにしてもいいよな?』
『……はい』
と、答えるや否や……少し性急に頬を持ち上げられ、再び唇が重なった。
先ほどの触れるだけのキスではなく、何度もついばむように唇を食まれ、艶っぽいリップオンが耳の奥で響いていた。
『んんっ……』
初めてのことで息をするタイミングもわからず、つい色気のない声が漏れると、余韻を残すようにゆっくりと唇が離れていく。
『───っ……行くか、健二の店』
『……はい……お、お腹空きましたねっ』
私達はそのままぎこちなく手をつなぎ、無言で車へと戻った。
車内でシートベルトを締めていると、キラさんは私に覆いかぶさるようにチュッとキスをして、満足そうな笑顔を見せて車を出した。
私はさりげなく車のエアコンを顔にあて、こっそりとほてりを冷ましたのだった。
───思い出すと、また顔が火照ってしまいそうだ。
「ちょっとぉ、なに思い出してんのぉ? ひよ子ってば、すっけべぇ~煩悩だらけ~」
煩悩……私にもあるのだろうか。この火照りが煩悩……?
「ねぇヒカリ、その……キスより先は付き合ってどのくらいでするものなの?」
私にはこんな話をする相手もそんなにいなかったので、全くわからない。
「え、そんなの人それぞれだよ。付き合う前にする人もいるしね」
「えっ?! そうなの?!」
そう言われてみれば、私たちは会ったその日の夜に一緒にお風呂に入ったのだった……
でもそうか、あの延長線上な感じで男女は一夜を共にするのかもしれない……
「でもそれは、ひよ子がいいと思ったらすればいいよ。焦る必要はないけど、キラさんは絶対にしたいと思ってると思うよ。隙あらばひよ子に触りたいんじゃないかな」
「でも、キラくんも私がファーストキスだったんだよ。だから、きっと経験だってないはず」
───……ないよね? 女性に触れたこともない、って言ってたし。
「……本当にキラさんってひよ子への愛を貫いてきたんだね……この前の会見じゃないけど、私、全力で二人を推すって伝えて」
「お、推す? ……わかった、伝えとく」
最近、職場でも知らない人から同じようなことを言われることがある。私とキラくんを推してる、と……
「ところでさ、念のため聞くけど、ひよ子はちゃんと知ってるんだよね? 男と女がベッドで何をするか」
「あ、当たり前じゃない! 馬鹿にしないでってば!」
これまでの会話で、ヒカリがどれだけ私をお子様だと思っているのかわかった気がした。
確かに、恋愛経験もなければそういった経験もないが、私だってそれなりに心と身体の準備は出来ている。キラくんさえその気に……
「……あれ……? 私たち、週末は同じベッドで寝てるのに、何もないっておかしいのかな?」
「……キラさんの忍耐力、神がかってるね」
「忍耐力って……私が我慢させてるって事?!」
「今はひよ子に合わせて、恋人としてゆっくり段階を踏んでくれてるんでしょ? 正直、タイミングに悩んでるんじゃないかな?」
それはそうなのだけど……それならつまり、またキスの時みたいに、聞かれるのだろうか。
さすがにそれは恥ずかしいかもしれない。
「たまにはひよ子から、積極的に行ったら喜ぶんじゃない? “抱いて下さい”って」
「だっ……そんな露骨に!?」
「遠まわしな言い方じゃ、童貞にはわかりづらいでしょ。ハッキリが一番伝わるよ」
「ハッキリ……ハッキリ……」
私はその後もヒカリからあれこれとアドバイスを受け、明日の土曜日には少し積極的になると決めた。