私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う

私は人気のない会議室に滑り込むように入って、ドアを静かに閉めた。
会議の予定がしばらく入っていないのを確認していたから、数分だけでも、と思ったのに。

……気づけば、涙が止まらなかった。

「なにやってんの、私……」

言葉にした瞬間、胸の奥の何かが決壊したみたいに、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
目の前のテーブルが滲んで見えない。
こんなの、別に失恋でもなんでもないのに。
ただ、ちょっと憧れていただけなのに。

こんなに泣くほどのことじゃ、なかったはずなのに。

「……何してんの？」

――びくっ。

後ろからかけられた声に、心臓が跳ねた。
慌てて振り向くと、会議室のドアに立っていたのは、野田だった。

「……次、この部屋使うの、俺なんだけど」

「……っ！」

最悪。
どうして。
なんで今、野田なの……!?

慌てて涙をぬぐって立ち上がる。

「ご、ごめん……！すぐ出るから……」

「泣いてた？」

「泣いてない」

「うそ」

ぐいと袖で目元をこすったのに、たぶん顔は真っ赤で、泣いてたのがバレバレだった。
野田はため息をついて、ドアを閉め、部屋に入ってくる。

「……五十嵐さんのこと、聞いた？」

私は小さくうなずいた。

「そっか」

それだけ言って、野田は何も言わず、私と距離を取ったままテーブルの反対側に腰を下ろした。
からかうわけでも、慰めるわけでもない。
でも、その“黙って隣にいる”空気が、逆に優しくて、また涙が出そうになる。

「……なんで、知ってたの？」

絞るように問いかけると、野田は肩をすくめた。

「営業部じゃ、みんな知ってるよ。報告あったから」

「……教えてくれたらよかったのに」

「言ってどうするの？」

そう言ったあと、野田は私をじっと見た。


私の心の中を見透かすみたいに、あっさり言ってのける野田が少しだけ憎らしかった。
でもその声は、思ったよりもやさしかった。