私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
「はあ、五十嵐先輩カッコいい……」

いつもの同期会。個室居酒屋の掘りごたつで、私は唐揚げにレモンを絞りながら、小さくため息をついた。
隣に座る瑠璃がすかさず私の肘をつつく。

「風花、絶対顔に出てる。先輩と話した日は分かりやすいんだよね」

「え、そんなに?」

「うん、顔が“恋してます”って」

冗談めかした口調に、私は思わず笑ってしまう。

「だって、あんな完璧な人なかなかいないよ? 仕事できて、笑顔やさしくて、スーツ似合って……声もいいし」

その時だった。

「ふーん、顔と声、ね」

不意に斜め向かいから低い声が落ちてきて、私はぴくりと肩を揺らす。
視線をやると、野田がグラスを口元に運んだまま、こちらを見ていた。

「……なに?」

「いや、好みってはっきりしてるんだなと思って」

「なにそれ」

「勉強になるなーって」

いつもの調子で軽口を叩いてくるけど、どこか声音がひっかかった。
私のなかで“親しみやすい同期”だった野田遥人が、妙に遠く見えた。

けれど、その時はまだ――
この違和感の正体に、私は気づいていなかった。
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