私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
正直、電車では帰りにくい二人の田舎。車は手っ取り早い。
母親からも、
「初めてのお盆なんだから帰ってきて!」
と、何度もLINEが来ていた。

お願いしてもいい?
そう打ち込んで、私は送信ボタンを押した。

たった一言なのに、スマホを伏せてからも心臓の音がうるさい。

数分後、すぐに返信がくる。


> 了解。朝、迎えに行くから荷物まとめとけよ。
寝坊厳禁な。


ふふっと笑ってしまった。
いつも通りの野田だった。
そう思ったら、少しだけ肩の力が抜けた。

でも――
ふたりきりで、長時間ドライブ……。
(私、平気かな)

まだあの会議室の温度が、身体に残っている気がした。
ふんわりとした抱擁。耳元でささやかれた声。
「俺のこと、意識してほしい」なんて。

……あれは、夢じゃない。

私は軽く頬を叩いて、自分を落ち着かせると、
「ちゃんと早起きして、荷物まとめなきゃ」
と小さくつぶやいた。

クローゼットを開ける。
普段着の中から、実家に帰るのにちょうどよさそうな服を引っ張り出しながら、
心のどこかで、こう思っていた。

(この数日、忙しくてまともに話せてなかったけど……野田とちゃんと話せるかもしれない)

胸の中に、少しずつ――でも確実に――
野田の、存在が大きくなっていることに、まだ、うっすらとしか気づいていなかった。
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