私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
帰省の朝。
夏の日差しがゆっくりと昇る中、野田はマンションの前で車にもたれかかるようにして待っていた。
グレーのTシャツに、少し無造作な髪。いつもよりラフな雰囲気に、思わずドキッとしてしまう。

「おはよ。準備できた?」

「うん、待たせてごめん。ありがとう…!」

トランクに荷物を積んでから、私は助手席に乗り込んだ。
シートベルトを締めて、ふと野田の横顔を見る。

「よろしくね。…あの、これ。朝早いし、よかったら。」

小さな保冷バッグから、簡単に作ったサンドイッチを取り出した。
ツナと卵、レタスをはさんだだけのものだけど、ラップで丁寧に包んで、冷たいおしぼりと一緒に渡す。

「ちょうど、朝食どっかで買おうとしてたとこ。すげえ、助かる。」

野田はちょっと驚いたように笑って、受け取ってくれた。
その手に、コンビニのコーヒーも一緒にそっと渡す。

「コーヒーも。ブラックでよかったっけ?」

「おお、完璧。なんで俺の好みわかんの?」

「毎日会社で飲んでるやつ、一緒だから…」

「観察力、地味に怖ぇな。」

笑い合う空気が、ふんわりと車内に広がった。
こんな風に、自然に笑い合える関係――
でも、あの日から、少しずつ違ってきている気がする。

エンジンがかかり、静かに車が発進する。
夏の帰省。二人きりの長い道のり。

窓から吹き込む風が、どこかくすぐったくて、
私はそっと目を閉じた。

(あのとき、答えは急がなくていいって言ってくれたけど――)

助手席で野田の横顔を盗み見ながら、
少しずつ、風花の中の“答え”が輪郭を帯びてきていた。
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