私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
寝起きのタイミングを見計らったように、ふすまの向こうからお母さんの声が聞こえた。

「風花ちゃん、今日は泊まっていってもいいのよ~。お布団もあるし、女の子の部屋もそのまま使えるから」

一瞬、心が揺れた。
でも、ダメだ。これ以上ここに甘えてしまったら、きっと私は――。

「あ、いえ、大丈夫です。今日は帰ります、すみません…!」

慌てて返事をすると、ふすまが少し開いて、お母さんの顔がのぞいた。
少しだけ、寂しそうな笑み。

「そう。じゃあ、また今度ゆっくりね」

「はい…!本当に、今日はありがとうございました!」

私は急いでバッグをまとめて、居間に戻っていたおばあちゃんにも頭を下げた。

「おばあちゃん、お世話になりました。お漬物、とっても美味しかったです」

「まあまあ、そう言ってもらえると嬉しいね。またおいで」

おばあちゃんはにっこりと笑って、私の手をやさしく握ってくれた。
その温かさが、胸にしみた。

そして、玄関。
野田が待っていてくれて、私は彼と一緒に車に乗り込んだ。

エンジンがかかり、ゆっくりと車が走り出す。
ミラー越しに見えた、手を振るお母さんとおばあちゃんの姿に、思わず胸がぎゅっとなった。

「…いいお母さんと、おばあちゃんだね」

そう言うと、運転席の野田はちょっと照れたように笑って言った。

「うるさいくらい元気だろ。ああいうの、慣れてなくてびっくりした?」

「ううん。…あったかくて、好きだなって思った」

車の窓の外には、静かな田舎の風景が流れていく。
まるで、胸の奥にやさしい何かを置いてきたような――そんな感覚が、しばらく消えなかった。

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