私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
お互いに他愛もない話でまた笑い合った。
会社のこと、共通の知り合いの話、子どものころの田舎あるある……。

――こういう時間、好きだな。
ふと、風花はそんなことを思った。
気取らず、飾らず、自然体のままでいられる。だけど、どこかくすぐったい。

「このコーヒーさ、牛乳入れるとちょうどいい感じになるんだよ」

そう言って、野田が自分の手元にあった牛乳パックを取り、風花のマグにそっと注いでくれた――その瞬間だった。

ぐらっ。

「あっ……!」

手にしていたカップが不意にぐらつき、バランスを崩した風花の身体が、そのまま野田の胸元に倒れこんだ。

「……こ、これはっ……!」

状況を理解した瞬間、顔から火が出るかと思った。
抱きつくような格好。
しかも、今の私は――下着、つけてない。
Tシャツ越しでも、野田に肌のぬくもりが伝わってしまうかもしれない。

「ご、ごめんっ……!」

慌てて体を離そうとした瞬間、野田がそっと肩に手を置いた。
「……動かないで」
低くて、真剣な声だった。

「……え?」

「俺、すげえ我慢してんの、わかってる?」

その言葉に、心臓が跳ねた。
さっきまでの柔らかい空気とはまるで違う、熱を孕んだ視線。

風花は、息を呑んだ。

――これ以上、この空気のなかにいたら、私……。

けれど、すぐには言葉が出てこなかった。
野田のぬくもりと、距離の近さに、頭が真っ白になっていた。
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