私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
「……あっ、野田」

展示会の端、柱の陰に立っていた彼に気づいて、私は小さく手を振った。

「今日はチケットありがとう。すごく楽しかったし、いろいろ勉強になったよ」

野田は少し目を細めて私を見たあと、ふっと口の端を上げた。

「そっか。……五十嵐さんに、声かけてもらえてよかったな」

「え?」

「楽しそうだったから」

「え、あれは……別に。先輩として、挨拶しただけだよ」

そう言ったものの、顔が少し熱くなる。
それを隠すようにうつむいた瞬間、野田がぽつりと呟いた。

「五十嵐さんは……」

「うん?」

「……いや、別に」

野田はすぐにはぐらかして、パンフレットをくるくると丸めた。

「でもまあ――本気で好きなら、行動に移してみたら?」

「え?」

「今の風花、ただの“推し活”って感じだし」

「……なにそれ」

笑うつもりで言い返したけど、胸の奥にちくりとした感覚が残った。
野田は私を見ずに、会場のほうをぼんやり眺めていた。

「好きな人には、ちゃんと届くように動かないと、時間ムダにするぞ」

その言葉は、冗談のように聞こえたけど――
なぜだろう。
その言葉がいつまでも引っ掛かっていた。
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