忘れ物のオーディオプレーヤー
結局、一度も寝ることなく授業が終わり私がオーディオプレーヤーからイヤホンを外すと、それを見た葵が笑いながら言った。
「他人のやつ聴いてたの?悪趣味〜」
「うるさいなぁ。でもさ、めっちゃいい曲に出会えたかも」
「ハハ、なにそれ……あ、」
葵は私の背後を見て気まずそうな表情をした。
そんな視線の先を辿って振り向くと、男子生徒が私の手元を指差した。
「それ」
ネクタイの色が私のリボンと一緒だから恐らく同学年。
それに申し訳ないけれどコレといった特徴もなく印象に残らない見た目なのは確かで、全く名前も出てこない。
その生徒は周りの視線を気にしつつ、咳払いをしてもう一度声を発する。
「それ、俺のやつ。置き忘れ」
私はハッとして握ったままだったオーディオプレーヤーを慌てて差し出した。
「ああ!ハイ、どうぞ」
きっと走って来たのだろう。
うっすら額が汗ばんでいるし。
そんなに大事な物だったのかと思うと、勝手に触ったことに罪悪感が大きくなる。
「どうも」
男子生徒が短くそう言うと、何かを確認するかのようにプレーヤーのボタンを押すのが見えた。
勝手に聴いたのバレるかな。
私は「で、では…」ひきつった顔を見られないように、彼の横をささっと通り抜けようとした。
「気に入ったんだ?この曲」
「え?」
背後からそう投げかけられ、恐る恐る振り返る。
前髪の隙間から見えた彼の表情に、私の心臓はガッチリ掴まれた。
言い方は意地悪な感じなのにどこか嬉しそうなその表情に。
液晶画面を私に向けながら近付く男子生徒に、自分の心臓がどんどん早く動くのが分かった。
「聴いたんでしょ?リピート再生になってる」
目の前に差し出されたプレーヤーの画面にはリピート再生の矢印がクルクル動いていた。
「………良い曲だったから」
私が絞り出すようにそう答えると、彼はふっと笑った。