東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
 

「飲むか?」
 
 相変わらずコートを着ていないわさびに、俺は自販機でココアとコーンポタージュ、おしるこ、コーヒーと、暖かそうなものを適当に選び購入する。
 
 現金が無くて困ったが、ついてきた運転手がそっと貸してくれ助かった。
 
「……東雲 紀糸は不思議なチョイスをしますね。ココアを頂きます」
 
 女子高生が何を好んで飲むかなど、わからないうえに、自販機で何かを買うなんてことも、ほとんどないのだから仕方ないだろ、と言いたかったがなんとなく悔しいので言わなかった。
 
 手元に残った熱々の飲み物の缶も彼女の膝の上に置く。一応防寒のつもりだったが、何故か迷惑そうな顔をされた。
 
「……東雲 紀糸は飲まないのですか?」
 
「俺はいい」
 
 いつどこで誰がベタベタと触れたかわからない自販機の缶に、口をつけで飲む事などできない。
 
 俺はわさびの座るベンチの隣に腰を下ろした。
 
「……」
「……」
 
 もう慣れたが、この女は俺が話をしなければこのまま平気で無言でいる気だろう。
 
「生理はきたか?」
 
「はい、滞りなくきました」
 
「そうか、まぁ当然と言ったら当然だ」
 
「種なしなのですか?」
 
「──っちが! ……違う。妊娠しないようにする薬を飲ませたんだ」
 
「そうですか」
 
 なんてことを言うのかとこちらが驚いたが、わさびは自分の身体のことにすら、大して興味は無いようだ。
 普通なら、勝手におかしな薬を飲ませるな、と怒るところかと思うが。それとも、アフターピルについても知っていたのだろうか。
 
「……」
「……」
 
 すぐに終わってしまった会話に、俺は次の話題を考える。
 
「婚約の件だが……」
 
「白紙にも破談にもしたら駄目です」
 
「いいや、するつもりはない」
 
 やけにそこには過剰に反応を示す。やはり、絶対になにかあるはずだ。
 
「そうですか、それはよかったです」
 
「どうしてそこまで俺との結婚にこだわるんだ? 神楽 義徳に脅されているわけでもないのに」
 
「……」
 
 ここで黙るのか。
 
「言わないなら、結婚はしないぞ。婚約はしたが、結婚は別の話だからな」
 
 大人げないとは思うが、このままではらちがあかない。話を進める必要がある。
 
「っ……卑怯な大人です」
 
「っ! ……そうだな、大人は卑怯なんだ」
 
 危ない、思わず吹き出しそうになった。
 
「……安心してください、結婚はフェイクです」
 
「なんだと?」
 
「東雲 紀糸はわさびと、結婚するフリをしてくれればいいです。結婚は別の人とどうぞ」
 
「どういうことか説明しろ」
 
 突然何を言い出すかと思えば……契約結婚どころか、偽装結婚をするつもりだったのか。
 
「わさびは、神楽の家から離脱します。お爺と約束しました。高校を卒業したら、あとは好きに生きていいと」
 
「離脱したい理由は聞かなくてもわかるが、お前の離脱にどうして俺が巻き込まれているんだ」
 
「お爺はわさびにお金をくれていました。わさびが赤ちゃんの頃からずっと、毎年の誕生日、クリスマス、お年玉……銀行に入っています」
 
 なるほど、その金をとられるとでも思ってるんだな。俺に守って欲しいのだろうか。
 
「いくらたまったんだ?」
 
「もうすぐ30億になります」
 
「っ……お爺は随分と沢山くれたんだな……」
 
 虐げられている孫に、コツコツと30億もの金を生前贈与してたってわけか。食えない爺さんだな。
 
「お爺が死んじゃったら、きっとバレます。お爺の意思での生前贈与とはいえ、神楽のオッサンは絶対にわさびに返せといいます。わさびには返す義務がないのもわかっています」
 
 そこまでちゃんと理解しているのか。当然か、わさびは星見台の首席だからな。
 
「そこで、東雲 紀糸の出番です」
 
「そうか、ここで俺の……」
 
 って、なんだ……こいつの話に乗せられている気がする。
 
「東雲 紀糸が手伝ってくれるのなら、お爺がくれたお金を、わさびが増やしてあげます」
 
「増やす? そんなに簡単じゃないぞ」
 
「いいえ、簡単です」
 
「……そうか」
 
 こいつも所詮は世間知らずの女子高生だったか……しかし、額が額なだけに、夢があるな。現実を知って落ち込まなければいいが。
 
「そのお金は東雲 紀糸にあげます。お爺が死ぬと神楽家は潰れます。お爺が大切に守ってきたのに潰れます。いとも簡単に───(ぺコッ)」
 
 わさびは手に持っていた飲みかけのココアの缶を潰そうとしたのだろうが、思いのほか固くて潰れなかったようだ。なんとも間抜けな音が響く。
 
「その時に、可能な限り東雲で株を買い上げて、神楽を吸収してください。神楽の総資本は現在2,800億程度、その三分の一でもいいです。今、それが可能なのは、東雲と神代(かみしろ)だけだとわさびは判断しました」
 
「っお前……何を言ってるかわかっているのか?」
 
「わさびはきちんと調べました。神楽の吸収は東雲にとって損ではないはずです」

 女子高生の口から出てくる言葉じゃない。だが、間違いなくわさびはきちんと理解して俺に提案している。
 ───まるで、俺の父親が当初、神楽と手を結び何をするつもりだったのかわかっている、とでもいうように。
 それに、わさびの判断は遠からず当たっているから恐ろしい。
 さらには、神代は女系で、わさびでは婚姻による交渉の機会すらないことまでわかっているようだ。
  
「九条に嫁に行く姉がいるだろ。九条の総資本は東雲と大差ないぞ」
 
 わさびの考えがどの程度なのか気になってしまった俺は、少し揺さぶりをかけてみる。
 
「……このまま九条 奏が当主の座につけば、九条も自ずと衰退していきます。九条 蓮が当主になれば大丈夫かもしれませんが、わさびはお爺のお金で泥船に乗るつもりはありません」
  
 九条 蓮に対する評価がいいのは、少し気に入らないにしても、不思議だ。
 女子高生のたわごとだとわかりながらも、何故だかわからないが、つい聞き入ってしまう。
 
「だが、神楽側の矜持で、東雲に株を売らない可能性だってある」
 
「そこで、わさびの出番です」
 
 淡々としていて、まるで法律書でも読み上げるかのように、感情のない言葉でわさびは続けた。
 
 
< 15 / 57 >

この作品をシェア

pagetop