東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
───それから一週間と少しが経過した土曜日の午後……
そういえば、わさびは俺が渡したスマホを携帯しているだろうか。
くだらない会議の途中に、ふと、そんな事が頭をよぎった。
俺は手元のスマホを操作し、わさびに電話をかける。
1コール、2コール、3コール……出ない。あいつめ。
『ただいま、電話にでることが───……』
多忙なこの俺が、8コールも待ったというのに、結果的に聞こえてきたそのアナウンスに、頭にきた。
「まったく! どうしようもない奴だな!」
会議中であることを忘れていた俺。会議室に響いたその声に、丁度発言を行っていた者は震え、今にも泣きだしそうだ。
「すまない、こっちの事だ。続けてくれ」
土曜の昼だというのに、あいつは一体何をしているのか。何故俺の電話に出ないんだ。
確かこの会議の後は子会社の報告が何社分か続いていたはず。別に顔を合わせずとも適切なデータをメールで送ってもらえばそれでいいのだが、どいつもこいつも、わかりにくく、見にくい資料しか提出してこないから、困っている。
「田中、この後の予定はキャンセルだ。各々に資料をメールで送るように指示して、何かあれば呼ぶと伝えろ」
俺は第一秘書に伝えた。
「かしこまりました」
──────
その後も、わさびがかけ直してくる気配はなく、何度かけても8コールで留守電に切り替わる。
「……平日なら学校に行けばよかったが、土曜はどこにいるんだ。病院か?」
星見台総合病院が家だと言っていた以上、そこにいるのかもしれないが……わさびは、俺が突然顔を出せる場所ではない部屋にいるはずだ。そう、まさに神楽家の当主の病室に。
それでも一応、と思い、運転手に病院まで向かうように指示し車を出させた。
たかが婚約者と連絡がつかないだけでこんなにもイライラしている自分にイライラする。俺はふと、窓の外を見た。
「っ! ───止めろ!」
キィッ───
「……何やってんだ、あいつ……」
視線の先には、俺とわさびが見合いをしたホテルのエントランス。
なんとそこに、振袖姿のわさびが入って行く姿が見えた。
なんという偶然か。いや、必然ともいえる。今俺はここにいるはずはなく、彼女を探していたのだから。
そして、わさびの少し先にいたのは神楽家の正妻の娘だった。
「神楽 夢香……わさびに何をさせるつもりだ」
以前の話し合いの席での、あの女のわさびを馬鹿にしたような発言といい、振袖姿のわさびといい、嫌な予感しかしない。
ハザードをたいて停車する運転手に、そのままホテルの駐車場へ入るよう指示し、ラウンジへ向かうことにした。
───
案の定、俺の嫌な予感は的中し、ラウンジには九条兄弟と神楽姉妹が4人で向かい合って座っていた。
相変わらず、死んだ魚のような目をしたわさびの向かいには、なんだか少し照れた様子の九条 蓮がいる。
少しして、両家の兄と姉が席を立ちそのままラウンジを出て行った。
あとは若いお二人で、といったところだろう。
東雲と神楽のあの話し合いの後、俺の連絡先を教えろと、神楽 夢香から晴人の所へ何度か連絡があったと言っていたが、すべて断らせた。
何を企んでいるのか……まさか本気で、九条と俺とで両方手玉に取るつもりなのだろうか。
それにしても、一体俺は今、何をしているのか。
最近、自分で自分の行動が理解できない。
別に、見て見ぬふりをして放っておけばいいものを……
そう思いながらも、わさびに視線を移す。
俺と見合いをした日と同じ振袖のようだ。あの一着しか与えられていないのだろう。今思えば、わさびに似合っているとも思えないので、神楽 夢香のいらなくなったものなのかもしれない。
今日も彼女はすべてに興味がなさそうに、ストローでオレンジジュースを吸っている。俺の時と全く同じだ。俺達もあんな風に見えていたのだろう。
わさびはこの後、俺の時と同じように九条の弟を部屋に連れ込むのだろうか。東雲で成功した方法をもう一度、と……そう、指示されているかもしれない。
思い出したら、なんだかすべておかしく思えてきた。
何を血迷ったか、俺は席を立ち、お見合いを行う高校生二人の間に割り込んだ。