東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
 

 葬儀には各界の大物が多く参列し、その死はマスコミやメディアにも大きく取り上げられた。
 
 一方で、わさびの言ったとおり、神楽傘下の企業の株価はあっという間に暴落し、神楽家は故人を偲ぶどころではなくなっていたと聞く。
 
 様々な噂が飛び交う中、四十九日が過ぎると同時に、噂の払拭を試みるように、神楽 夢香と九条 奏の婚約が正式に発表され、俺とわさびの婚約もそのついでのように発表された。
 
 
「……婚約発表で若干はストップしたが、時間の問題だな」
 
 神楽は今、完全に九条と東雲の名で首の皮一枚繋がっているような状況だろう。
 
 予定よりも早かったが、俺は父親への根回しを済ませ、神楽の総資産の三分の一以上に当たる950億を用意し、買収に向けて顧問弁護士を筆頭にあらゆる士業がチームを組んですでに動きだしている。
 わさびとの約束は900億だが、俺はわさびの30億をあてにするつもりは最初からなかった。
 
 
 
 そして、彼女にとって唯一であったお爺を亡くしたわさびはといえばだが……
 
「それでは、急いでわさびの30億を増やす必要がありますね」
 
 俺のマンションにいた。
 
 
 
 
 どうしてこんなことになっているかと言えば……
 
 お爺と俺とが話をした後すぐに、樋浦弁護士から俺に連絡が入った。
 その後一度顔を合わせていたことが功を奏し、お爺が亡くなった際には、極秘に連絡をくれたのだ。
 
 しかしその内容は、わさびがお爺の遺体から離れようとしない、と救援要請にも似たもので……
 
 その連絡を受け、夜中に病院に駆け込んだ俺は、樋浦弁護士と共になんとかわさびをご遺体から引き離し、そのまま保護した、というわけだ。
 
 自分のマンションに連れて来たはいいが、俺は俺で急遽早まった買収に向けて、動かねばならず、忙しくて相手をしてやる余裕はなかった。
 しかしわさびは、良くも悪くもまるで人形のようにぼーっとして動かず、泣くことも、騒ぐこともなく、数日はただ窓から外を眺めているだけだった。
 
 通夜、告別式と、葬儀には俺が魂の抜けたままのわさびを連れて一緒に参列した。
 
 わさびは火葬の際に、ようやく自分の意思で動き出し、外へ出た。もちろん俺はその後を追う。
 
 わさびは立ち止まり、空へあがっていく煙を見ながら呟いた。
 
「お爺が……お空に昇ってく……」
 
「そうだな」
 
「お爺……やっとゆっくり休める」
 
「そうだな」
 
「……お爺……頑張って生きててくれてありがと」
 
 今にも消えそうな声だったが、確かにわさびはそう言った。
 
「……そうだな」
 
 俺は丁度自分の肩の高さにあるわさびの頭を抱き、しばらく二人でお爺の昇天を眺めていた。
 
 その後、何かが吹っ切れたのか、わさびは楽しそうに骨拾いを行っていた。
 
 
 葬儀の後も、神楽家の人間はわさびの存在など気にする様子もなかったため、俺はそのままわさびを連れて帰り、マンションに住まわせている。
 
 わさびも何も言わずに大人しく俺と生活を共にしているので、問題ないのだろう。
 
 たまに樋浦弁護士から俺に連絡がくる。
 
 お爺の相続は、故人が残していた遺言書をもとに執行されるということで、それは神楽の顧問弁護士団ではなく、樋浦弁護士が行うとのことだ。
 
 樋浦弁護士は、弁護士資格の他に司法書士、公認会計士、社会保険労務士など、ありとあらゆる資格保持者であり、これだけの規模の相続を一人でやってのけるというので、驚いた。この件が片付いた暁には、是非東雲に来てもらいたい。
 
 わさびは、きちんと高校へ通っている。もうすぐ自由登校になるはずだが、卒業式まで通い続けるというので、好きにさせることにした。
 ちなみに、俺のマンションから高校へは流石に歩いては行けないので、今は電車で通学している。どうやら、ICカードを使うのが楽しいらしい。
 
 
 週末、買収の件が俺の手から弁護士団へと移ったため、少し時間を作ることが出来た。
 
 ハウスキーパーが用意した朝食に、パンを追加で焼き、朝からとんでもない量を口に入れているわさびを前に、俺はコーヒーを飲みながら言った。
 
「わさび、今日は少し俺の用事に付き合ってくれないか」
 
「いいでしょう」
 
 気持ちがいいほどに即答だったが、ずいぶんと上から目線だった。
 
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