東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
「圭介圭介! 聞いてください! わさびは紀糸にちゃんと大好きと言えました! 褒めてください」
俺の手を引き、カフェに入るなり、大声で叫ぶわさび。
いつぞやのパドックでの一件を思い出す。
恥ずかしさはあるが、あの時に比べたら、天と地ほどの差で嬉しさが勝る。
わさびは自分がオーナーを務める場所で、堂々と宣言してくれているのだから。
「お、オーナー……褒めてあげたいのは山々ですが、時と場合を考えましょうね」
カフェにはチラチラと客の姿がある。
「ねぇ、今の、どういう事? どうして二人は手をつないでるの?」
宝城の娘の存在をすっかり忘れていた。
いや、ある意味、この女のおかげでわさびはヤキモチを妬いてくれたのだ、感謝した方がいいかもしれない。
「宝城さん、私は今朝、あなたとの見合いはお断りするとお伝えしたはずです。理由まではお伝えする気はありませんでしたが、これが理由です。私には彼女しか考えられません」
俺は繋がれたわさびの手を引き寄せ、その手にチュッと口付ける。
「キャッ!」
カフェカウンターの中から、遠慮がちな黄色い悲鳴が聞こえた。あの子が杏奈ちゃんだろうか。
「え、恋人がいたんですか? でも、私との縁談を組まれたという事は、東雲のご当主はお認めになられてない子だという事ですよね? それなら、私の方が───」
「駄目です。紀糸はわさびのです」
わさびが、俺と宝城の娘の間に立ちはだかった。
「あなたは、ちゃんと自分の大好きな人と結婚すればいいです。紀糸を利用しないでください」
「っ……あなた、なにを言って……」
わさびは、わかったのだろう。なんとなくその言葉から、彼女の事情が推測することが出来た。
彼女にも、親に認めてもらえない恋人がいるのだ。
もしかすると、結婚する気のない俺に、契約結婚でも提案するつもりだったのかもしれない。
「圭介! この人を、空港まで送ってあげてください! いいえ、タクシーを呼んで詰め込んでください。わさびは午後休します。では、皆さんさようなら、また明日」
わさびはペコリと頭を下げて、俺の手を引いてどこかへ向かった。
俺も軽く会釈をして、手を引かれるがまま彼女に付いて行く。
俺達の去った後のカフェに、安奈ちゃんらしき女性の興奮したような黄色い悲鳴がこだましていた。
「わさび、どこに行くんだ」
「わさびのおうちです」
樋浦氏と一緒に住んでるという例の家か……
「あ、紀糸はいつも運転手さんでしたが、車の免許は持っていますか?」
「持ってるに決まってるだろ……俺だって自分で運転くらいする」
「そうですか、大型二輪は?」
「一応持ってる、久しく乗ってないが」
「そうですか! わさびと一緒ですね!」
そういえば、シノノメ・ホースを迎えに行く際に、わさびは一人で単車に乗って行ったことを思い出す。
そんな話をしていると、なかなかな立派な一軒家に到着した。
「あっちが圭介の玄関、こっちがわさびの玄関です」
「……二世帯住宅なのか?」
「そうです、二階までの吹き抜けのリビングダイニングを真ん中にして、二つのお家がつながっているのです」
なるほど……それなら……ハウスキーパーというのも頷ける。
指紋認証のオートロックらしき鍵を解除して中に入るわさびに続き、俺もお邪魔する。
そのままわさびは二階へと移動するので、俺も後に続く。
一番奥の部屋のドアを開け、中に入ると、そこはわさびの寝室らしかった。
懐かしい香りがする。俺のマンションの彼女の部屋もこんな香りだったことを思い出す。
「っ?! わさび、何してんだ! 正気か?!」
「わさびは正気です。紀糸のお願いは全部叶えてあげたいです」
わさびは初めてあった日のように、突然服を脱ぎだした。
つい、下着姿になるまで目の前で行われる脱衣に目を奪われてしまったが、ハッとして慌てて止めた。
「わさび、非常に嬉しいんだが、今はさすがに遠慮しなければならない」
「なぜですか?」
目のやり場に困る。でも、しっかりと見てしまう。
まもなく21歳になる彼女の身体は、18歳の頃とはまた違っていた。
まったくもって色気のない、ただの黒い無地の下着だが、妙に色香を感じるのは、その下着が隠している彼女の身体が白く美しい肌をしているからだろう。
触れたい───先ほど自分で遠慮したというのに、ものの数秒で挫けそうになる。
わさびは下着姿のままこちらへ近づき、俺の右手を取り、自分の胸を掴ませた。
「っ───!」
わさびめ……どこでこんな誘惑の仕方を覚えたのか。
以前よりもさらに豊になった彼女の胸は、俺の片手に収まりきらない。柔らかなその感触に、手の平が溶けてしまいそうなほどに熱い。
「わさび、落ち着け、このままじゃ……」
「わさびは落ち着いています。落ち着いていないのは、紀糸の方です」
───確かにそうだ、なぜこの女はこんなにも落ち着いているのか。いったん落ち着け、俺。
「わさび、スーツにシノノメ・ホースの鼻水がついているから、着替えたいんだが……」
「圭介のを借りたらどうですか?」
「いや、ホテルに泊まるつもりだったから、何も用意せずに来たんだ」
着替えも下着も、コンシェルジュに頼むつもりでいた。
もちろん、避妊具だってない。
「……そうですか、ではお買い物に行きましょう」
俺の心を覗いたのか、すんなり引いてくれた。
ホッとした半面、残念な気持ちにもなる。
「わさび、今夜は覚悟しろよ」
「紀糸こそ、覚悟しろよ、です」
「……そう、かもしれないな……」
何を秘めているかわからないわさびの瞳に、押し負けそうになる。
一体俺は、何をされるのだろうか……