東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
 
 
「計画的犯行に違いありません」
 
「だったらどうする?」
 
 夜景の広がる窓の外を見ながら、そんなことを言うわさびを、後ろから抱きしめる。
 ふんわりと下ろしている髪を片方に流し、あらわれた華奢なうなじにそっと口付けた。
 
 さすがに、樋浦氏の存在が頭にちらつく家でプロポーズはしたくない。
 
「わさび?」
 
「紀糸はわさびにプロポーズするのですか?」
 
「さぁな、どうだろう」
 
 後ろからわさびの手に自分の手を重ね合わせ、指を絡ませ握る。
 左手の薬指をなぞり、そこに何もないことを改めて確認した。
 
「……あれ、そう言えば、ピアス開けなかったのか?」
 
「……」
 
 高校を卒業したら開けるのだと言っていたのに。怖気づいたのか?
 
「怖気づいてなんかいません! ……だって……」
 
「だって?」
 
「紀糸はくれませんでした。わさびにファーストピアスを買ってくれていたのに」
 
「どうしてそれ知って……ああ、そうか」
 
 わさびには隠し事は出来ないもんな。

 俺はあの日、わさびが俺から離れていくんじゃないかと思い、卒業祝いで用意していたピアスを渡さなかった。まるで餞別の品になるような気がしたからだ。
 それに、ピアスではなく、やはり婚約指輪を贈ろうかと思ったのだ。
 
「つまり、最初は俺から貰ったピアスをつけたかったのか? だから、開けなかった?」
 
「紀糸がわさびのためにこっそり選んでくれたものが欲しかったのです」
 
「そうか、次に会うときに渡すよ。今日は持っていないが、マンションにおいてあるから……ホールも俺が開けてやろうか? いや、やはりクリニックで……」
 
「クリニックに行きます。杏奈ちゃんが自分で開けていて、たらこみたいに腫れていました。ああなるのは嫌です」
 
 杏奈ちゃん、なかなかいい仕事をしてくれた。
 
「それがいいな」
 
 俺はピアスホールのない彼女の耳を、甘噛みする。小さい。
 ここに俺が選んだあのピアスが一番最初につくと思うと、時間をかけて選んだかいがあると言うものだ。
 
「わさび……今日はピアスじゃないが、渡したいものがある」
 
 どうせもうバレているのだろうから、早めに出しておこうと思い、俺はポケットの中から小さなケースを取り出し、蓋を開けて中身を取り出した。
 
「返品は受け付けないからな、俺の給料の大体三ヶ月分だ」
 
 俺はわさびの左手を手に取り、薬指に問答無用ではめる。目の前に差し出した所で、必要ない、と言って受け取らなそうだからだ。
 
「900万もするのですか? ノーザン号がもう一台買えます」
 
 ノーザン号とは、おそらくあのハイクラスミニバンの事だろう。そして、なぜわさびは俺の給料を知っているのか。
 
「キラキラしています。わさびの指にピッタリです」
 
 わさびは薬指にはめられたダイヤの指輪を興味津々に見つめながら、手をあちこちに動かし、色々な角度から眺めている。
 
「わさび、俺に婚約者と恋人とでは、どちらが俺の一番か聞いたな?」
 
「はい、聞きました。紀糸は後で教えてやると言いました」
 
「わさび、俺の一番になる覚悟があるなら───俺と結婚してくれ。わさびを妻にしたい。俺はわさびしか考えられない」
 
 婚約期間なんてもう必要はない。もう、十分すぎるほどに俺達は遠回りをしたのだから。
 
「つま……それは嫁、ですか?」
 
「そうだ」
 
「わかりません、妻はなにをする人ですか? わさびは、東雲の嫁にふさわしくないと言われました」
 
 指輪を見ていた彼女の目から、再び光が消えた。
 両家の話し合いが行われた、あの日の事を言っているのだろう。あの時は、本当にわさびに申し訳ないことをしてしまったと、後悔している。
 
「わさびは、嫁になれません。わかりません……どうやったら紀糸の一番になれますか?」
 
「東雲の嫁だなんて思わなくていい、わさびは俺の嫁になるんだ」
 
「でも紀糸は東雲です……わかりません。誰のいう事が一番なのですか?」
 
 混乱させてしまったようだ。あんな昔の事でも、わさびはしっかり覚えていて、棘として残っていたのかもしれない。 
 
「わさび、わからないなら、俺のために生きろ。俺のために生きてくれさえすればいい」
 
「生きる? わさびは別に死ぬ予定はありません」
 
 まぁ、そうだな、死なれたら困る。そういう意味ではなくてだな……
 
「東雲の嫁とか俺の妻だとかは考えず、ただ俺のとなりで生きて、歳をとってくれるだけでいい」
 
「それなら、簡単そうです」
 
「そうだろう? だが、そうするためには、俺と結婚しないといけない。堂々と隣にいれるのは、妻の特権なんだ」
  
「なるほど……圭介が教えてくれました。チクンを回避するためには、結婚して家族になること、だと。それとは違いますか?」
 
 どんな話の流れでそうなったのかはわからないが、樋浦氏がそんなことを言ったのか……だが、そもそもチクンとはなんだ……
 
「紀糸がわさびじゃない女の人と楽しいことをすることを考えると、わさびはここがチクンと痛むのです」
 
 嫉妬してくれたのか、なるほど。

 それにしても、ただ考えたことにわさびが答えてくれるから、会話がやけにスムーズだな。これはすごく効率がいい。
 
「そうだったのか、結婚と家族になることはほとんど同じことだ。結婚すると、みんなにわさびが俺の一番で、俺がわさびの一番だと発表することになる。だから、もう二度と見合いを進められることはないし、俺はわさび以外の女と楽しいことをすることはなくなる。もししてしまったら、不貞行為として社会的にもいけないことになるんだ。もちろん、わさびもだぞ?」
 
「それはいいことですね。わさびは紀糸と結婚します」
 
「そうか。言ったな、撤回はさせないからな」
 
「はい、わさびに二言はありません」
 
 俺はわさびの左手の薬指にはめたダイヤの指輪に口付けた。
 
「わさび、愛してる───俺と、結婚してくれるな?」
 
「はい、わさびは紀糸と結婚します」
 
 わさびはまっすぐに俺の目を見て、その眼に俺を映してしっかりと答えた。
 
「っ───……わさびっ!」
 
 俺はちからいっぱいにわさびを抱き締めた後、額に目元、鼻先にとキスを落としていく。

 もっと長期戦も覚悟していた。
 わさびに恋愛教育を施してくれたであろう樋浦氏に感謝しなければ。
 
「わさび、今夜は優しくする」
 
「紀糸はいつも優しいです」
 
「違う、優しくお前を抱くという意味だ。服は自分で脱がなくていい。俺が脱がす。終わったら、一緒に風呂に入って、綺麗にしてやる。それこそ、デロデロに甘やかすからな」
 
「それは……困りましたね。わさびは馬たちをデロデロに甘やかすことはあっても、甘やかされた経験はありません、お手柔らかにお願いします」
 
「善処する」

 
 ……結局、そのまま彼女の身体に夢中になりすぎた俺は、わさびの誕生日のカウントダウンをするはずが、すっかり忘れてしまっていた……思い出した時にはすでに午前二時、風呂の中だった。
 
 











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