東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ

 
「それで、東京にはなんの用だったんだ?」
 
 わさびが自ら動くなんて、よほど大事な用件だったのだろう。
 
「zuv.tecのキラさんに会いました」
 
「……zuv.tecってIT系のベンチャーだよな」

 ───ん、待てよ……キラ? zuv.tec……
 
「キラって、黒霞 稀羅(くろかすみ きら)か?」
 
「はい、知っていますか?」
 
 知ってるもなにも、大学の後輩だ。2年前のアイツの結婚式にも出席した仲である。
 
「そうなんですか。キラさんの頭の中は奥さんのひよ子さんでいっぱいで、胸やけがしそうでした。ついでに双子のお子さんも出てきました」

「そういえば、嫁さんが結婚式で妊娠をサプライズ発表してたな。そうか、双子だったのか───……プラネタリウムの関係をキラに依頼するのか?」

「はい、そのつもりです」

 アイツが自ら一般企業の仕事の依頼を受けるとは、今では珍しいんじゃないだろうか。報酬もかなり高額だと思うんだが……

「わさびはzuv.tecの白森代表と知り合いです。2年前にふらふら旅をしている時に、困っていた所を助けてあげました」

「そっち経由だったのか。白森ともう1人、相馬って奴がいるんだが、いつも3人でつるんでいたな」

 キラは今じゃ億万長者として有名だし、白森も多数の企業を取りまとめているなかなかのやり手だ。
 わさびは結構な奴に恩を売ったことになる。

「あ、相馬さんは今日の打ち合わせにいた秘書さんですね。眼鏡をクィッとしていました」

 なるほど、相馬も学生時代から全く変わらないようだ。

「俺の名前を出せば、きっと驚くと思うぞ」

「そうですか、では次の打ち合わせで聞いてみます。キラさんはわさびのアイディアに興味を持ってくれました。今度、ひよ子さんと子供を連れてノーザンに遊びに来てくれるそうです」

「そうか、週末なら俺もいるからな」

 わさびと仕事の話をする穏やかな時間。

「ふぅ、お腹いっぱいです───」

 気付けば、目の前にあった大量の食料が、空になっていた。俺はたいして食べた記憶がないのだが。

「風呂入って寝るか」

「食べてすぐ寝たら豚になります」

「……」

 なら運動でも、も思ったが、わさびの膨らんだ腹を見たら、ナニかしたら出てきそうでとても言えなかった。



 ──────



 翌日、俺達は予定していなかったが、ジュエリーショップへ行く事にした。

 昨夜遅く俺は、卑怯にも彼女を抱きながら入籍について尋ねた。

「わさび、あまり関係ないが、うちの両親がわさびとの結婚を認めるそうだ。事実婚だけはやめて欲しいらしい」

「そうですか」

「結婚式までには準備も含めて時間もかかる。だから、先に入籍しないか?」

「いいですよ」

 ……と、意外にも、あっさりと了承を貰えたため、結婚指輪を、見に来たというわけだ。

「結婚指輪はつけたらずっと外さないものですか? それならわさびはダイヤモンドは邪魔です」

「ああ、そうだな。それならシンプルなものにしよう」

 馬を撫でたりするから、当然だろう。意外にもちゃんと考えて選ぶつもりでいるようで嬉しい。

 先日俺が婚約指輪を買いに来た事を覚えていたのか、入店するなりスタッフが声をかけてきた。そのまま奥へと案内されてしまう。

「ショーケースの中は見れないのですか?」

「見たいなら見に行けるぞ」

 しかし、チョコレートなどの菓子が提供されると、やっぱりここにいる、と言い出した。

 ───可愛い奴……

 わさびとの買い物はストレスがない。気持ちがいいほどに何でも即決するからだ。
 まさか結婚指輪までもそうだとは驚いたが、彼女はいくつも並べられた中から、ものの数分で、コレにします、と決めてしまった。

「指輪はわさびが選んだので、刻印は紀糸が決めてください」

「わかった」

 きちんと役割分担まで完璧だった。

 しかし、支払いを済ませ奥の部屋から店内へでると、会いたくない人物達に出くわしてしまう。
 
 
< 49 / 57 >

この作品をシェア

pagetop