東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
「あら? 東雲さんっ偶然ですね!」
「……あ、阿呆の神楽 夢香と九条 奏です」
意外にも、わさびがケロッとしてその名を口にした。
「……まさか、あんた山葵? どうして東雲さんとジュエリーショップにいるのよ」
「……」
しかし、会話はしたくないらしい。わさびの顔が、昔の虚無に戻ってしまった。やはり、虚無の眼の原因はこいつらだったと言う事か。
「お伝えしていませんでしたが、わさびと私は再婚約しました。今日はこちらで結婚指輪を決めたんです」
俺はわさびの腰を抱き寄せ、わざと親密さを見せつける。
「なんですって?! 山葵! あんたが失踪したせいで神楽は東雲に買収されたのよ?! ふざけないで!」
店内だと言うのに、声を荒げるその女を諌める事もせず、九条は何故かわさびをジッと見ていた。
───気に入らない。わさびを見るな。
しかしここで……
「……神楽は義徳が実権を握って以降、何年も経常利益がマイナスで、債務超過の状態が続いていました。繰越損失も膨大で、資産の売却も間に合わず、もはや経営していくのは限界……買収された事で、破産せずに済みました。働いてくれていた社員を救う事が出来ました。九条に嫁ぐのなら、少しは勉強した方がいいです」
「な! 何を意味のわからない事を!」
これくらいの意味もわからないのか。さすがは神楽の娘だと言うのに、聞いた事のない大学を卒業した女だ。
「五大財閥の一つである九条に嫁に行くのなら、絶対にお爺の顔に泥をぬるような真似はしないでください。いつまでも、頭空っぽの阿呆でいたら、九条 奏に捨てられますよ」
───よく言ったぞっわさび。そのとおりだ。
「わ、山葵のくせに! 私に向かって今、何を言ったの?!」
激高した神楽 夢香の手が、わさびの前に振り上げられた。俺が阻止しようと手を伸ばそうとした時───
「やめなよ」
九条が神楽 夢香の手を掴んだ。ようやく動いたか。
「……神楽 喜八氏の秘蔵の孫はそっちだったか。間違えたな……まぁ、孫ならどっちでもいいか」
「奏さん、何言って……」
「夢香、山葵ちゃんの言う通りだよ。九条の嫁が数字も読めないんじゃ話にならない。勉強しようか───東雲さん、山葵ちゃん、失礼しました」
「ああ。行こう、わさび」
「あの二人がまだ婚約状態なのは、どうしてでしょうか」
「さぁな、神楽側に買収騒動があったりしたから様子を見ていたのかもな」
わさびが、俺から離れない。
ジュエリーショップを出てから、ずっとくっついて歩いている。
「わさび? どうしたんだ?」
「……ここは二人だけでないので、わさびは言えません」
それはつまり……したい、と? この子は、いつどこでどんなスイッチが入ったというのか。
久しぶりのわさびとのデートを切り上げるのも惜しい。しかし、ムラムラ状態のわさびをこのままにしておくわけにもいかない。
俺は近くのシティホテルに入った。
「わさび、どうしてしたくなったんだ?」
部屋に入るなり、俺の首に腕をまわりキスを強請るわさびの腰を引き寄せ、口付ける。
「わかりません……紀糸が隣にいたから夢香に言いたい事を言えました。紀糸が頭の中で褒めてくれたのが嬉しかったです」
いつもより積極的に俺に甘えるわさびが可愛い。
きっと、神楽 夢香に自分の意見を言い返した事も、初めてなのだろう。俺が隣にいたから、一歩踏み出せたと聞こえる。
「わさび───好きだよ」
「わさびも紀糸が大好きです……早く、早く欲しいです、わさびは紀糸のコレが───っむ」
これ以上、可愛いわさびから卑猥な言葉を聞いてしまうと、俺がまずい。口を塞いだ。
わさびの服がシワにならないように脱がし、下着が濡れないうちに脱がし、髪が乱れないように彼女の手首についていた髪留めのゴムで一つに束ねる。
俺はそのまま、わさびを抱いた。
2時間後、性欲が満たされ、満足気なわさびを連れて、次は食欲を満たしに行く。
30にもなって、まさかホテルで休憩するようなデートをする事になるとは思わなかった。
が……悪くない。