東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
「おいっ紀糸! 一度会っただけで婚約まで決めるなんて、そんなに相手の子が気に入ったのか? やっぱり、神楽家のご令嬢はそんじょそこらの令嬢とは違ったか?」
見合いの後、俺は両親に、先方が望むならこのまま進めて構わない、と伝えた。
自分達で見合いを仕組んでおいて、何を驚いているのか、と思うほどに驚かれたが、これでいい。
変な女ではあったが、俺の表情や口調を怖がりもせず、不快な声色で甘えてくるようなこともない女は珍しい。
何より、あっちの相性がいいのはいい。
「先方も是非に、とのことらしいぞ! 逃げられる前にさっさと結婚しちまえよ」
先方の返事を報告に来た晴人だったが、彼女について何も知らないのだろうか。
「相手はまだ高校三年だ、卒業まで結婚するつもりはない」
「……は? お前、女子高生と見合いしたの?」
「知らなかったのか? まぁ、俺も知らずに当日本人から聞いて、自分の親が何を考えているのか、と驚いたけどな」
おまけに、あんな変な女でさらに驚かされたわけだが。
「でもおかしいな……お前、釣り書き見たか? 見合い相手の神楽 夢香は、23歳じゃなかったか?」
「……見てない。名前はわさびだと言っていたぞ。変な名前だから間違いない」
「わさび?! 俺だって、そんな変な名前だったら、忘れないし間違えないわっ! 釣り書きどこやった? 見せて見ろっ」
俺は数日前の釣り書きの行方を記憶の中から呼び起こし、引き出しに投げ入れたことを思い出した。
引き出しを開ければ、あの日見もせず閉じたピンク色の釣り書きがあの時のまま入っている。
「どれどれっ! ……───っほら! やっぱり! お前の見合い相手は神楽 夢香23歳、北東大学の院生!」
「聞いたこともない大学だな。そんな頭の悪い女はごめんだ」
わさびは星見台の首席だぞ、そんな偏差値の低い馬鹿女と一緒にするな。
「え、そこなの? 顔は……うーん、今時の子って感じだな……」
俺は晴人の手から釣り書きを奪い取り、写真を確認する。
「……違う。この女じゃない」
わさびは今時の娘なんかではない。眼には虚無が広がっていたとはいえ、異国の血を感じる整った顔立ちをしていた。
「……え? お前、誰と見合いしたんだよ……」
「だから、神楽家の……わさび……」
わさびはあの日、俺に神楽 わさびだと名乗っただろうか。
「でも、俺のフルネームを言って俺と見合いしに来た、と言っていたぞ」
「それだけか? 両親は? 仲人は?」
「どちらもその場には来ていなかった」
「おいおい……まずいんじゃないか……」
「まずいもなにも、俺が婚約すると話を進めたのはわさびであって、この釣り書きの女ではないことは確かだ」
どういうわけかわからないが、面倒なことに巻き込まれたのかもしれない。
「晴人、この件はお前が責任をもって調べろ。俺はそんなことに構ってる暇はない」
「は?! なんで俺が! お前が思ってるより暇じゃないんだけどな!」
「お前、うちの弁護士だろ」
有無を言わさない、と睨みを利かせる俺に、晴人は何か言いたげではあったが渋々引き受けて、部屋を出て行った。
「……結局、わさびって誰なんだ?」
一体俺は、誰の初めてを奪ってしまったのだろうか。