石楠花の恋路
銭湯を出てすぐ、もと来た⽅向を⾒失い、かつては毎⽇通っていたはずなのに変わり果てたこの場所がどこなのか分からず、あの⽅⾓かしら、この⽅⾓かしら……と辺りを迷う⼥⼀⼈。どことなく⼈の声がして明るい⽅向を⾒つけたので進んでみると、そこは我が家も名を連ねたこの地の中堅財閥のうちのとある⼀家の 『御殿』 であった。 何だかこの辺りはすっかり街が変わったかのようで、よくよく⾒ていると英語の看板が⽴っているし、 ⽶兵がわんさか居る。遠くから聞こえていた⼈の声も、全部⽇本語ではないようだ。
ああ、ここはこの辺りなのかとその建物で現在の居場所を理解した幸枝は、くるりと進⾏⽅向を変えて今度こそ来た道を戻ろうとした。
「アノネ、ジョーサン」
「は?」
不思議な⾔葉に呼び⽌められた幸枝は、ふと振り返り、その声の主を⾒た。
⼤きな肩幅にどっしりとした⽴ち姿で、やや背の⾼いその⼈は、どうやら⽶兵のようであった。 夜の暗さにも負けず、 御殿のあたりの光を受けて煌めくその⽬は⻘く、また流れるように輝く髪は⾦髪で、 雪のように⽩い肌の顔には、 頬と⿐を覆うように雀斑(じゃくはん)が散りばめられている。
「チョット、マッテ」
「はあ」
⾵呂敷⽚⼿になぜか⽶兵に呼び⽌められ待たされた格好となった幸枝は、何のことだか分からず、とりあえずその場に⽴っている。
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