まだ君は知らない、君の歌
「お願い、俺に君の声を聴かせて。ちゃんと。……軽音部、入ってくれない?」
「えっ……! む、無理です、私……! 人前で歌なんて……」
「じゃあ俺の前だけでいい」
「……え?」
「俺のためだけに歌って」
その瞬間、世界がぐらりと揺れた気がした。
彼の瞳は優しかった。本気だった。冗談じゃない。軽いノリでもない。
どうしていいか分からない。歌だって下手じゃないけど上手くもない。ただ好きなだけ。
ましてや、こんな天才みたいな人に見つけられる理由なんて、あるはずないのに。
「俺、軽音部なんだ。知ってる?」
「知ってます……」
「そっか。じゃあ、話は早い」
「え?」
「今から連れてくから。部室。……一回だけでいい。歌ってほしい」
「む、無理……ほんとに……!」
「君なら大丈夫」
あまりにも当然のように言われて、私は混乱した。
けれど、そのまま手首を掴まれることもなく──ただ彼の歩幅で、自然に連れて行かれる形になっていた。
校舎裏の音楽棟。
そこで私は──地味で目立たない自分とは無縁の世界に、連れて行かれた。
「ほら、真緒たちもいるから」
そう言って開けられた部室のドアの向こうには、
愛想がいい可愛い系男子の先輩、朝倉真緒。
同じく2年生のクールで無口な、黒瀬悠。
ぶっきらぼうなのに人気の1年、夏目隼人。
学校で有名な“イケメン軽音部”。
女子の憧れの集団。そのど真ん中に──私。
(……え?)
「新ボーカル、見つけた」
奏良くんは当然のように宣言した。
「……は?」
その瞬間、私は本当に息ができなくなった。