まだ君は知らない、君の歌



 曲が終わった後、私はその場に座り込んでいた。
 息が切れて、足が震えていた。

(私、また……)

 ちゃんと、歌えていた──と思う。
 それでも自信なんて持てなくて、そろりと顔を上げた先にいた奏良は。


「うん。最高」


 その言葉が、静かに胸の奥まで届く。
 まるで恋をしたみたいな顔で、まっすぐに、私だけを見つめるその瞳。
 その視線に心が震える。私は喉が詰まって何も返せなかった。

 そんな私に、奏良は少しだけ顔を覗き込むようにして、柔らかく訊ねた。


「……怖かった?」


 そう問いかけられて、私は小さく頷いた。
 正直、怖かった。足も声も震えていた。

 だけど──


「でも、楽しかったでしょ」

「え?」

「歌うの、嫌いじゃないでしょ」


 思いもよらない言葉に目を見張る。
 そう言われて、私は──


「……うん」


 小さく、そう答えていた。
 その瞬間、奏良の表情がぱっと綻ぶ。嬉しそうに、子供みたいに笑って。
 そして、私の頭をくしゃりと撫でる。その手があたたかかった。


「それで十分」

「……」

「俺たちの音は、これから作っていけばいいから」


 それは、私の全てを肯定してくれる声だった。その一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
 その横で、真緒が手を叩いてにこにこと笑っていた。


「絃音ちゃん、可愛かったよ〜。今日も最高の歌声だったね」

「うるせぇよ。甘やかしすぎんな」


 隼人はそう言いながらも、ペットボトルの水を差し出してくれた。


「飲め。のど、カラカラだろ」

「あ、ありがとう」

 手が震えているのを見て取ったのか、ペットボトルのキャップを開けて渡してくれる。
 そのぶっきらぼうな優しさに、私は胸が熱くなる。


「お前、案外やるな」


 ぶっきらぼうにそう言って、頭をぽんと撫でられる。
 それはきっと、最大限の褒め言葉だった。

 振り返ると、キーボードの前にいる悠が、黙って頷いた。
 その顔に憂いは一つもないことに、安心感を覚える。

 ──私なんかでも、ここにいていいのかな。 

 この場所に。
 この音の中に。

 そんな弱気な思いが、心の隅でまだ小さく疼いている。
 それでも、ふと顔を上げる。
 奏良は、私の声を信じ切った目で笑っていた。


「やっぱり君しかいない。俺の音に命をくれるのは、君の声だけだ」


 その言葉に、私はただ、小さく笑った。


「ありがとう」


 震える声じゃない。
 俯いていた私の声が、今はまっすぐに前を向いていた。

 私の声はまだ未完成かもしれない。けれど──
 この場所でなら、きっと、強くなれる。


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