伝えたい想いは歌声と共に

しっかりしろよ【啓太side】

部室の扉を開くと、思った通り有馬先輩の姿があった。
「どうした、三島。何か用事でもあるのか?」
「先輩こそ、今朝からずっとここにいたのか?」
「藍や三島以外には、俺の姿は見えないからな。だったら、一人でいた方がいい」
 サラッと言うけど、それって凄く寂しいことなんじゃねえのか?
 そんなのを聞くと、どうしたって同情しそうになる。けど今話さなきゃいけないのは、それじゃない。
「なあ、藤崎のことだけどさ……」
「藍がどうかしたのか!」
 藤崎の名前が出てきたとたん、すごい勢いで食いついてきた。どれだけ藤崎のことを気にかけてるんだよ!
「どうしたかわからねえから、それを聞きにここに来たんだよ。あいつ、朝から元気がねえし、先輩なら何か知ってるんじゃねえの?」
 藤崎の様子が変なのは、俺だって気づいたんだ。
 先生がわからないはずはないし、それなら心当たりだってあるかもしれない。
「やっぱりそう思うか。元気がないし、それに、俺は避けられてるみたいだ」
 そうなんだよな。今朝藤崎は先輩と一緒に登校してきたけど、その時から違和感はあった。
 藤崎は、先輩から不自然なくらい視線を逸らしていて、会話も極端に少なかった。
 いつもは腹が立つくらい先輩に懐いてるのに、どう見てもおかしい。
 これには先輩もかなり堪えているみたいで、ガックリと肩を落としている。
 昔の俺にとってこの人は、かなり年上の大人なやつで、常に余裕があるって感じの人だった。
 けど、今目の前にいるこの人に、余裕なんてどこにもない。
「それで、藤崎と何かあったのかよ?」
 どこまで聞いていいのかなんてわからない。
 だけど、藤崎が落ち込んでいて、有馬先輩もこんな調子なら、首を突っ込まずにはいられない。
「昨日藍と話をして、多分俺がその時言った事にショックを受けたんだ」
「ショックって、何言ったんだよ。そもそも、話って何なんだ?」
 具体的なことを言ってくれなきゃ、何が何だかよくわからない。
 すると先輩は、なんと言えばいいか考えるように、少しの間黙る。
 そうして言ったのがこれだった。
「そうだな。恋愛の話だから……恋バナみたいなものか?」
「こいっ!? あんたら、いったい何話してたんだよ! いや、詳しくは喋らなくていい。いや、絶対喋るな」
 何が悲しくて、藤崎とこの人がしていた恋の話なんて、聞きたくもない。
 いや、気にはなったが、聞いたら絶対、話の趣旨がズレそうだ。
 俺がここにきたのは、藤崎が落ち込んでいる理由を聞くためじゃない。
 落ち込んでいる藤崎を、なんとかするためだ。
「ひとつ聞くぞ。藤崎の様子がおかしい理由、わかってるんだな」
「ああ、多分な」
「で、先輩も、このままじゃダメだって思っているんだよな」
「ああ」
 やっぱりな。藤崎が元気がないのを見て、この人が放っておけるわけがない。
 なら、やることは決まってる。
「俺も、今日は部活に来るのが遅れる。だから放課後になってしばらくは、ここには先輩と藤崎しかいなくなる。その時に、二人でしっかり話せ」
「三島……」
 先輩が、目を丸くする。
 できれば、こんなこと言いたくなかった。お膳立てだけしておいて、後は全部任せるなんて、自分には何もできないって言ってるようなもんだ。
 けどその通りだ。俺が藤崎に何かしても、解決できるとは思えない。けど先輩は違う。
 そんなの認めたくないし、できることなら俺がこの手で何とかしてやりたい。
 そんな気持ちを、押さえながら言う。
「何があったか知らねえけど、あんたが原因だって言うなら、何とかしてくれ」
「三島……」
 俺にとってこの人は、恋敵みたいなもの。
 そんなやつの背中を押すなんて、本当はやりたくない。
 それでも、落ち込んでいる藤崎の姿を思うと、こうするしかなかった。
 先輩は、俺の言葉に驚いていたけど、それからしっかりと頷いた。
「ああ。ありがとな」
 感謝なんてされても、ちっとも嬉しくない。なのに先輩は、俺を真っ直ぐに見つめながら、きちんと礼を言う。
「悪いな。色々気を使わせて」
 まったくだ。幽霊のくせに、色々人を振り回しすぎなんだよ。
 この人は幽霊で、本来ならとっくに過去の人になっているべき存在だ。
 なのに、未だにその言動で藤崎を一喜一憂させている。俺だって、こんな風に礼を言われると、腹は立っても心底嫌いだとは思えなくなる。
「そんなのいいから、藤崎のことを頼むぞ」
 精一杯の強がりを言いながら、部室を後にする。
 バタンと扉を閉めた途端、一気に汗が吹き出てきた。
(何やってるんだろうな、俺)
 これで、俺にできることは終わり。後は先輩に丸投げするしかない。そう思うと悔しかった。
 それでも、こうするしかなかった。落ち込んでいる藤崎を見て、なりふりなんて構ってられなかった。
「……ったく、しっかりしろよ」
 呟いた言葉は、藤崎がこうなった原因を作った先輩と、何もできない自分。その両方に向けられていた。
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