あの日に置いてきた恋をもう一度あなたと
「菜月」

 凌平は愛しそうに菜月の名を呼ぶと、菜月の頬にそっと手を当てる。

 凌平の顔がゆっくりと近づき、菜月はそっと目を閉じた。

 その瞬間、菜月の唇と凌平の唇が小さく重なる。

 その重なりは何度か繰り返された後、一気に深くなった。


 夕日はもう傾いて、もう少ししたら山と山の間に消え入りそうだ。

 誰もいない川沿いに、キスをする二人の影が長く伸びた頃、凌平はそっと唇を離すと菜月の耳元に顔を寄せた。

「菜月、今すぐ抱きたい」

 凌平のやけに甘い声に、菜月の心臓がドキンと跳ねる。

「十年も待ったんだ。ダメか?」

 凌平がこんな顔をするなんて、誰が知っているだろう。

 菜月は真っ赤になった顔をうつ向かせた後、そっと上目づかいで凌平の顔を見上げる。

 高校生の頃には決して見られなかった、凌平の男を感じさせる顔。


「ダメなわけ……ない」

 小さく声を出した瞬間、菜月は再び凌平にきつく抱きしめられる。

 菜月は、凌平の腕の力を全身に感じながら、幸せを噛みしめるようにぎゅっと目を閉じた。


 高校生のあの日、無理やり忘れた恋は、大人になって再びこうして動き出した。

(私はこれから、大人になった凌平と、恋をするんだ……)

 菜月はそう心の中でつぶやくと、優しくほほ笑む愛しい顔をじっと見つめる。

 二人は離れていた十年間を取り戻すように、ぎゅっとお互いの手を取り合った。
< 49 / 51 >

この作品をシェア

pagetop