―待ち合わせは、                   名前を忘れた恋の先で―

第12章|本屋での偶然の出会い

大学帰りの夕方、大翔は今日も自然と立ち寄っていた。
紬に再会してから、なんとなく毎日通うようになった本屋。
彼女が好きそうな小説の棚を眺めては、少しだけ期待して、そして静かに帰る日々。

「……高瀬くん?」

ふいに後ろから呼ばれた声に、振り返る。

見覚えのある顔だった。
けれど、名前がすぐには出てこない。

「……ごめん、誰だっけ」

「あ、ごめん。高校のとき同じクラスだった、東雲(しののめ)っていうの。覚えてないよね」

「ああ……うん、なんとなく……」

東雲(りん)。紬と同じクラスだったはずの、ほとんど話したことのない女子。
何か言いたげな表情をしていた。

彼女の視線が、一瞬、視線の先の文庫棚に向く。

「さっき、外で見た。……香月さんと、一緒にいたよね?」

「……うん、最近偶然会って。たまに話すくらいだけど」

凛はしばらく黙っていたが、意を決したように口を開く。

「……高瀬くん。彼女のこと、本当に何も知らないの?」

「え?」

「……私、高3のとき……あの日のことを見てた」

「……?」

凛の手が小さく震えていた。
声を潜めるように、続ける。

「香月さん……いじめられてたんだよ。告白のこと、誰かがバラして……階段から突き落とされたの」

「……っ……!」

「私、目撃してた。でも、先生たちに口止めされた。
 学校としては“事故”で処理したかったんだと思う。
 彼女、そのときの衝撃で記憶を失ったの。
 あんたのことも──全部、忘れてるよ」

頭が真っ白になった。
何も知らずに「避けられた」と思い込んでいた。

あの夏、応援に来なかった理由も。
卒業まで一言も交わせなかった理由も。

──全部、紬のせいじゃなかった。

「……なんで、今それを……?」

「さっき、あんたの顔見て……なんか、言わなきゃって思っただけ。
 別に、仲良かったわけじゃないし。正直、今さらって気もするけど……」

凛は軽く肩をすくめて、本を手に取った。

「でも、知ってるのに黙ってるのも、違うかなって思って」

その言葉を最後に、彼女は店の奥へと歩き去った。
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