陽だまりのエール
一時間後、私が入浴を終えてリビングに戻ると、無事に炊き上がったほかほかご飯が待っていた。
タオルドライしただけのセミロングの髪を後ろで緩くまとめて、ダイニングテーブルに着く。
「お待たせ」
綺麗に盛り付けられたタコライスを、陽希が恭しくサーブしてくれる。
「いただきます!」
私は彼が向かいの席に座るのを待って、両手を合わせた。
そしてーー。
「うん、美味しい!」
一口食べて目を丸くして、正面の陽希に視線を戻す。
「これ、タコライスの素とか使ったの?」
「いや。時間あったから、レシピ検索して試してみた」
「じゃ、陽希が一から? すごーい」
「うん。……ほんとだ。なかなかいける」
陽希も木製のスプーンを口に運び、自分でも納得したように首を縦に振った。
しばらくお互い夢中になって、黙々と食べ進めたけれど……。
「……あの、さ」
「紬」
会話を切り出したタイミングが被り、二人の声が重なった。
口を噤んで顔を見合わせ、二人して先を譲り合う。
すると、陽希がスプーンを置いて姿勢を正した。
「この間、ごめん」
改まった様子で向けられた謝罪に、私はビクッと肩を震わせた。
なにか気まずい事があった時、あえて触れないのが私たちの暗黙のルールーーだったはずが、蒸し返されるなんて予想外だった。
とっさに返す言葉がなく、目を彷徨わせてしまう。
「言い訳にしかならないのは承知してる。でも、言葉と態度で表そうとしたら、身体が動いてた。……本当にごめん」
両手を膝に置き、深く頭を下げる彼に、私は困惑しつつ視線を定めた。
まだ、なんて返事をしたらいいかわからないけれど……。
「……私も、ごめん」
目を伏せ、同じ謝罪を口にすると、陽希がゆっくり顔を上げた。
「その前に、私が失礼なことを言ったって、自覚してる。無意識に……ルームシェアは解消、陽希ともお別れ……みたいな言い方した」
「……うん」
「あれは本当に無意識だったの! そうなるって思ってるわけじゃなくて。その……陽希にプロポーズされたって実感、あまりなくて。……よくわからなくて……」
必死に弁解したつもりが、どんどんドツボに嵌っていく気がする。
結局上手く言い表せず、私は唇を噛んで俯いた。
「いいよ。よくわかる」
それなのに陽希は、静かに私の気持ちを汲んでくれる。
「俺が紬だったら、きっとそうやって悩み苦しむ。紬にとって俺は、長い間ただのシェアメイトだったんだもんな」
「ただの……」
自分で納得するような彼の言葉が、私の胸に引っかかる。
だから、かぶりを振って否定した。
「違う。ただのシェアメイトじゃない」
「紬?」
「私だって、陽希のこと好きだよ。陽希が言ってくれたように、私も陽希と一緒にいると楽しい。だから、陽希がそばにいない生活になるなんて、信じたくない」
心のままを言葉にするうちに、混乱が強まっていく。
「でも……そばにいたい、離れたくないって気持ちだけで、決められるものじゃないよね? 結婚って」
途方に暮れて、質問を投げかけたまま、視線を横に流す。
そんな私を、陽希は黙って見つめていたけれど。
「俺が紬と一緒にいて心地いいって思えるのは、紬が好きだからだよ」
静かに語りかけるように言われて、私は思わず詰まった。
「俺の場合、紬への気持ちが先にある。ずっと恋愛感情で紬を見てたから、抱きしめたいしキスしたい。もちろんその先も……そうやって、いつも紬にドキドキしてた」
「っ……」
「……でも、さ。紬は俺を自然体でいさせてくれるんだ」
「え……?」
どこか矛盾を感じる言葉に戸惑い、瞬きをして聞き返す。
陽希は眉尻を下げ、困ったように笑った。
「好きな女だから、カッコいい俺だけ知っててほしいものだろ? でも、一緒に生活してるとそうも言ってられない。情けないところもカッコ悪いところも、たくさん見られてきた。なんかさ。もういろんなこと通り越して、紬の前では自分を晒せる。紬は素の俺でいさせてくれる……そういう人になってた」
恥ずかしそうにはにかんで、テーブルに肘を置き、顔の前で両手の指を組み合わせる。
「だから、俺が結婚するなら、相手は紬しかいない。そういう気持ちで、一緒に来てほしいって言った」
最後は真剣な眼差しで私の瞳の奥まで射貫いてくる。
「紬も同じ気持ちで、俺を見てくれるといい。もう何年もそう願ってた」
語りかけるような口調なのに、彼の激しい想いが迸って聞こえて、私の胸がドキンと跳ねた。
慣れない鼓動に落ち着かず、私は胸元をギュッと握りしめる。
ここまで言われたら、疑いようがない。
陽希が言ったのは、長谷沼さんが長年付き合った彼との結婚を決めた理由と同じ。
その想いは、強い恋愛感情そのもの。
恋人同士ではないけど、陽希はちゃんと私に恋してくれていたんだとーー。
「あ……」
なにか言わなきゃいけないのに、喉に声が張りついて、音にならない。
私が肩に力を入れて固まると、
「ごめん。紬にとっては、突然でしかないよな」
陽希は謝罪を繰り返した。
「食事が済んだら、ゲームの続きやらないか? この間紬が苦戦したとこ、突破できそうな方法見つけたんだ」
再びスプーンを持ち、私を促しながら、自らも食事を再開する。
「……ん……」
私は、返事とも呻きともとれない声を返した。
胸が痛いのか苦しいのか、自分でも判断できない。
ただただ、言葉にできないいろいろな感情が喉の奥までせり上がってきて、大好きなタコライスの味もわからなくなった。
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