陽だまりのエール
酷暑の中、仕事の外出中でも、私はつい不動産屋の前で足を止めてしまう。
いや、『つい』ではない。
あと二週間足らずのうちに、引っ越す必要があるのは事実だ。
本当ならもっと本腰入れて、家探しをしなきゃいけないのが現実のはず。
なのに、窓に貼られた物件情報を眺めてみても、なにも心に刺さらない。
オフィスに戻れば、山積みの仕事が私を待っている。
優先順位で一位をつける、やるべきことがたくさんあって、もうどうしていいかわからない。
「こんな状況で、引っ越しなんて……」
途方に暮れて、思わず愚痴が零れてしまった。
陽希は、『紬はここで暮らしてくれていいよ』と言ってくれた。
だけど、家主がいなくなる家に、私だけ居座るわけにもいかない。
それに……私に一緒に来てほしいというのが、陽希の真意だ。
「……っ」
不意にクラッときて、私は額に手を当てた。
「頭いた……」
暑い中歩き通しで、こんなところでボーッと立っていたせいだろうか。
ギュッと目を瞑り、急な眩暈と頭痛をやり過ごす。
ようやく少し落ち着いて、額から手を離した時、
「仙崎さ~ん! お待たせ」
私を呼ぶ声が聞こえて、ハッと我に返った。
声の方向を見遣ると、長谷沼さんが手を振りながらこちらに向かって駆けてくる。
「あ……」
そうだ。今日は長谷沼さんと一緒に、博物館へ調査に行くんだった。
これからどこに住もうか考えたり、不動産屋のウィンドウを眺めてる場合じゃない。
今の私の優先順位一位は、仕事じゃなきゃいけないはず。
自分を叱咤して、両足を揃え、彼女が辿り着くのを待つ。
「大丈夫。待ってないよ」
少し息を切らして足を止めた彼女に、私はそう言ってぎこちなく笑った。
「そう? 思いのほか、時間かかっちゃってさ……」
先週一週間休暇を取ってリフレッシュできたのか、長谷沼さんはいつもに増して元気でパワフルだ。
「さ、行こう。閉館時間まで、あまり時間ないし」
「うん」
軽く肩を叩いて促され、私も彼女から一歩遅れて歩き出す。
夕方近い時間になっても、夏の太陽の威力は緩まない。
焼き尽くされたアスファルトを踏む足は、靴を履いていても火傷しそうに熱い。
少し歩いただけで、肌にじんわりと汗が浮く。
額から伝ってきた汗が目尻に滲み、痛くて目が開けられないーー。
ふ、と。
視界が揺らいだ。
「……え、仙崎さ……!?」
私を呼ぶ素っ頓狂な声が妙にくぐもって聞こえたのを最後に、私は意識を手放してしまった。
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