陽だまりのエール
翌日、土曜日の昼下がり。
私の親友で、この家の『卒業生』でもある熊谷(くまがい)沙優(さゆ)が、手土産を持って久しぶりに訪ねてきた。
「今日は陽希、仕事かー」
と、陽希の不在を残念がりつつ、私が彼からプロポーズされたことを話すと……。
「えー、やったじゃん。おめでとー!」
驚く気配もないどころか、手を叩いて祝福されてしまい、むしろ私の方が驚いた。
「ちょっ……沙優。なんで驚かないの」
「え、なんでって……。あんたまさか、全然気づいてなかったの? 陽希の気持ち」
沙優は真剣に呆れた様子で、眉を寄せる。
「私だけじゃない。ずーっと前から、慶太(けいた)千波(ちなみ)も知ってるよ」
学生時代、生活を共にしたシェアメイトの名前を出したということは、相当……かなり前からだと察せられる。
沙優曰く、私の誕生日だけ、毎回立派なホールケーキを買ってきたとか、みんなでバーベキューをした時、私に先に肉を取り分けたとか、ハロウィン仮装パーティーをした時、私にだけ『可愛い』と言ったとかーー。
私に対するささやかな『特別扱い』は、甚だしかったそう。
「私も千波も、こっそり陽希を狙ってたから羨ましかったし、ちょっぴり妬んでたのよ」
「……えっ!?」
「でもここに住んでた頃は、五人の調和を乱しちゃいけないって思ってたし。みんなもそうだったんじゃないかな。恋愛系の話題、自然と出さなくなったから」
衝撃の事実に驚愕していた私も、その呟きには口を噤んだ。
一週間前、陽希が口にした言葉と通じるところがあったからだ。
『紬と二人の生活はとても心地よくて、この生活が続けられるなら、このまま伝えられなくてもいいと思ってた』
ここでの生活を大事にしてたのは、私も、学生時代のシェアメイトたちも同じ。
陽希に恋愛感情を抱いていたという沙優も、恋心を封印して守ってきたのだ。
「あの頃は恋愛感情より、居心地いい場所と仲間が大切だった。多分みんなそうよね」
彼女は自分で言って納得するように、うんうんと首を縦に振った。
そして。
「だからこそ、長いこと動かなかった陽希のこと、不憫だなーとは思ってた」
そう付け加えて、私にちょっと厳しい目を向ける。
「でも、ルームシェアもとうとう解消。このタイミングで、陽希が秘め続けた想いを紬に伝えた意味、わかってる?」
ソファに並んで座っていた沙優が、わざわざ私に向き直って確認してくる。
「陽希は……このまま終わりたくないから、って」
私は当惑しつつ、陽希の言葉を伝えた。
陽希は私にこう言った。
今の私と陽希の関係は不確かで、長く続く約束や繋がりはない。
ルームシェアという契約がなくなったら、途端に脆く壊れてしまうものだ。
でもそれは嫌だ、このまま終わりたくないから……。
「一生続く、確かな関係を築きたいって……」
真剣に、どこか熱っぽく語った陽希を思い浮かべ、私は曖昧に首を傾けた。
沙優は、そんな些細な仕草も見逃さない。
「紬は陽希のプロポーズ、ピンと来てなさそうね」
「そ、そんなことないよ」
距離を詰めて覗き込まれ、私は慌ててかぶりを振った。
「私だって陽希のことは好きだし、これでさよならなんて寂しい。……でも」
「でも?」
「…………」
陽希に恋心があって、私を妬んでいたという沙優に、告げていいのかわからない。
今のまま、一緒の生活を続けたい。
それだけで、結婚に繋げていいものなのかーーなんて。
私は、そんな引っかかりを胸に秘めたまま、
「ルームシェアが卒業だからって、繋がりがなくなるとは思わない。現に、沙優とは今もこうして会ってるんだし。陽希とだって、ルームシェアが終わっても……」
結局、逃げるように声を尻すぼみにした。
沙優は返事を考えてか、ちょっと黙り込む。
けれど。
「つまり紬は、陽希が恋愛感情で言ってるのかわからないのね」
私の戸惑いを見抜いてくれた。
< 4 / 21 >

この作品をシェア

pagetop