カンペキ王子は、少々独占欲強めです。
廊下のベンチは、夜の空気をまとって静かだった。
合宿所の中で唯一、人の気配のないその場所に、ふたり並んで座っていた。

窓の外には、山の夜。
虫の声が、涼しげに響いていた。

「……花乃、バンソコウ持ってる?」

唐突な陸の言葉に、花乃は少し驚いて顔を向けた。

「え? バンソコウ?」

「うん。紙で切った。指……ほら」

見ると、右手の人差し指の側面が、うっすら赤く染まっている。
どうやらプリントの束にやられたらしい。

「わっ、ほんとだ。待ってて! 今持ってくる」

花乃はベンチを立ち、慌てて教室に置いてきた自分の鞄を取りに走った。

すぐに戻ってきた彼女は、小さな救急ポーチを開きながら言った。

「はい。バンソコウ……」

「貼って、花乃。怪我したの利き手だから」

「えっ」

一瞬ためらったが、陸は指を差し出したまま、静かに花乃を見ていた。

差し出されたその手は、細くて長く、白くしなやかで──
(……指、長い。爪まできれい。なんか……こんな手、ずるい)
思わずまじまじと見つめてしまう。

(ドキドキする……)

そんな気持ちを隠しながら、花乃はそっと彼の指先に絆創膏をあてた。

指の感触が、思ったよりもあたたかくて、少しざらりとしていて。
見た目は綺麗だけど、なんだか男の人の指だった。

「……ありがとう。助かった」

そう言って、陸はふっと笑った。

その笑みが、やけに優しくて、胸の奥がくすぐったくなる。

(ずるいな……)

花乃は、そう思った。

でも──
そのとき、ふと気づく。

陸の目が、ずっと自分を見ていたことに。

言葉には出さないけれど、
その視線には、たしかに“気づいてる”という色があった。

疲れていることも、無理して笑っていることも、
──ほんとうは、全部。
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