八咫烏ファイル
第一章:商談成立
滝沢 大和 著者
【八咫烏ファイル】
第一章:商談成立
横浜中華街の外れ
周囲の喧騒とは一線を画すように黒いガラス張りの威圧的なビルがそびえ立つ
金虎開発(きんこかいはつ)
それがこのビルに本社を置く企業の名前だった
一人の男がその自動ドアをくぐる
くたびれたスーツを着たどこにでもいる平凡な中年男
大川と名乗ったその男が受付に行くと
受付嬢は内線で一言二言確認を取った
やがて男は無言で現れた案内の人間にエレベーターへと誘導される
最上階。それが目的地だった
チンと軽やかな音がして扉が開く
そこに広がっていたのは馬鹿みたいにだだっ広いオフィスだった
床から天井まで続く巨大な窓の向こうには横浜の港が一望できる
その広すぎる空間の中央
巨大な黒檀のデスクに一人の男が王様のようにふんぞり返って座っていた
分厚い脂肪で高級スーツをはち切れんばかりに着こなした恰幅のいい男
この金虎開発の社長林 豪(リン・ハオ)
そのデスクの横に影のように一人の男が控えていた
白髪の多い痩身の初老の男。林の秘書だった
秘書は大川と名乗った男の元へ音もなく歩み寄る
「大川様こちらへ」
巨大な革張りのソファへと誘導された
それを見て林 豪がゆっくりと立ち上がる
彼は秘書に顎で下がるよう合図した
秘書は深々と一礼し静かにオフィスから出て行く
大川と呼ばれた男が恐縮したように深々と頭を下げた
「林社長。この度はこのような貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます」
そのあまりにも丁寧な口調
「ビジネスのチャンスを逃したくないからな。どんなビジネスの話も聞くようにしている」
林は尊大にそう言った
そして握手を求めるようにその分厚い手を差し出す
大川と林が握手をする
林はソファに座るようジェスチャーで示した
大川はそれに従いソファに腰を下ろす
それを見て反対側のソファに林もどかりと腰を下ろした
「今回林社長に見ていただきたいものがありまして」
大川はそう言うと持参したアタッシュケースをテーブルの上に置いた
「土地売買の件でしたな」
「はい」
大川はそう言うとアタッシュケースの留め金を外した
ケースの中にはサイレンサー付きのピストルが収められている
だがその中身は開かれた蓋によって林からは見えない
大川はそのピストルをごく自然な動きで手に取った
そしてあたかも中の書類を見せるかのようにアタッシュケースをくるりと林の方へと回した
林は何も入っていない空のアタッシュケースを一瞬だけ見た
その一瞬
プスッ
空気が抜けるような乾いた音がした
林の太い眉間に小さな赤い点が浮かび上がる
彼は何が起きたのか理解できないままソファに背中からもたれ掛かるように崩れた
座ったまま死んでいた
大川は空のアタッシュケースをパチンと閉めた
そして何事もなかったかのようにオフィスを出る
エレベーターホールでは先ほどの白髪の秘書が控えていた
秘書は大川の姿を見ると小さく会釈をした
大川はその秘書に躊躇なく銃口を向けた
プスッ
秘書は声もなくその場に崩れ落ちた
大川は到着したエレベーターに乗り込む
彼の耳についているワイヤレスイヤホンはずっと通話状態だった
「車を回せ」
彼はそれだけを静かに告げた
ビルを出ると黒いセダンが一台止まっている
男はそれに乗り込むと車はそのまま雑踏の中へと走り去った
車を運転しているのは椎名 璃夏(しいな りか)
殺し屋の秘書兼雑用係
「上手く行きましたか?」
後部座席の男は答えない
ただ自分の顔の皮を耳元からゆっくりと引き剥がしていく
ベリベリベリ……
平凡な中年男の顔が剥がされていくと
その下から全く別の冷たい光を宿した男の顔が現れた
滝沢 大和(たきざわ やまと)だった
「―――商談成立だ」
「さすがですね滝沢さん」
璃夏の静かな声が車内に響いた
車は夜の横浜を走り抜けていく
【八咫烏ファイル】
第一章:商談成立
横浜中華街の外れ
周囲の喧騒とは一線を画すように黒いガラス張りの威圧的なビルがそびえ立つ
金虎開発(きんこかいはつ)
それがこのビルに本社を置く企業の名前だった
一人の男がその自動ドアをくぐる
くたびれたスーツを着たどこにでもいる平凡な中年男
大川と名乗ったその男が受付に行くと
受付嬢は内線で一言二言確認を取った
やがて男は無言で現れた案内の人間にエレベーターへと誘導される
最上階。それが目的地だった
チンと軽やかな音がして扉が開く
そこに広がっていたのは馬鹿みたいにだだっ広いオフィスだった
床から天井まで続く巨大な窓の向こうには横浜の港が一望できる
その広すぎる空間の中央
巨大な黒檀のデスクに一人の男が王様のようにふんぞり返って座っていた
分厚い脂肪で高級スーツをはち切れんばかりに着こなした恰幅のいい男
この金虎開発の社長林 豪(リン・ハオ)
そのデスクの横に影のように一人の男が控えていた
白髪の多い痩身の初老の男。林の秘書だった
秘書は大川と名乗った男の元へ音もなく歩み寄る
「大川様こちらへ」
巨大な革張りのソファへと誘導された
それを見て林 豪がゆっくりと立ち上がる
彼は秘書に顎で下がるよう合図した
秘書は深々と一礼し静かにオフィスから出て行く
大川と呼ばれた男が恐縮したように深々と頭を下げた
「林社長。この度はこのような貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます」
そのあまりにも丁寧な口調
「ビジネスのチャンスを逃したくないからな。どんなビジネスの話も聞くようにしている」
林は尊大にそう言った
そして握手を求めるようにその分厚い手を差し出す
大川と林が握手をする
林はソファに座るようジェスチャーで示した
大川はそれに従いソファに腰を下ろす
それを見て反対側のソファに林もどかりと腰を下ろした
「今回林社長に見ていただきたいものがありまして」
大川はそう言うと持参したアタッシュケースをテーブルの上に置いた
「土地売買の件でしたな」
「はい」
大川はそう言うとアタッシュケースの留め金を外した
ケースの中にはサイレンサー付きのピストルが収められている
だがその中身は開かれた蓋によって林からは見えない
大川はそのピストルをごく自然な動きで手に取った
そしてあたかも中の書類を見せるかのようにアタッシュケースをくるりと林の方へと回した
林は何も入っていない空のアタッシュケースを一瞬だけ見た
その一瞬
プスッ
空気が抜けるような乾いた音がした
林の太い眉間に小さな赤い点が浮かび上がる
彼は何が起きたのか理解できないままソファに背中からもたれ掛かるように崩れた
座ったまま死んでいた
大川は空のアタッシュケースをパチンと閉めた
そして何事もなかったかのようにオフィスを出る
エレベーターホールでは先ほどの白髪の秘書が控えていた
秘書は大川の姿を見ると小さく会釈をした
大川はその秘書に躊躇なく銃口を向けた
プスッ
秘書は声もなくその場に崩れ落ちた
大川は到着したエレベーターに乗り込む
彼の耳についているワイヤレスイヤホンはずっと通話状態だった
「車を回せ」
彼はそれだけを静かに告げた
ビルを出ると黒いセダンが一台止まっている
男はそれに乗り込むと車はそのまま雑踏の中へと走り去った
車を運転しているのは椎名 璃夏(しいな りか)
殺し屋の秘書兼雑用係
「上手く行きましたか?」
後部座席の男は答えない
ただ自分の顔の皮を耳元からゆっくりと引き剥がしていく
ベリベリベリ……
平凡な中年男の顔が剥がされていくと
その下から全く別の冷たい光を宿した男の顔が現れた
滝沢 大和(たきざわ やまと)だった
「―――商談成立だ」
「さすがですね滝沢さん」
璃夏の静かな声が車内に響いた
車は夜の横浜を走り抜けていく
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