八咫烏ファイル
【3日前】
【東京郊外・関東誠勇会ビル地下 滝沢のアジト】
コンコン
無機質な鉄の扉を叩く音がした
「はい」
椎名璃夏が表情を消したまま扉をわずかに開ける
そこに立っていたのは関東誠勇会の幹部の一人小里だった
小里「滝沢さんにお話が」
小里は璃夏を見た。そして部屋の奥でライフルのメンテナンスを続ける滝沢の背中を見て言った
滝沢「なんだ?」
滝沢は顔も上げずに低い声で応える
小里「うちの親父が。直接滝沢さんとお話がしたいとのことで」
「親父」とは関東誠勇会の組長のことだ
滝沢「……分かった。行こう」
滝沢は手元の作業を止めると静かに立ち上がった
【関東誠勇会 事務所】
小里に案内され滝沢が事務所の扉を開ける
そこは地下のアジトとは全く違う空気が流れていた
重厚な革張りのソファ。壁に飾られた巨大な組織の代紋
そして部屋の中にいた全ての組員が滝沢の姿を認めると
一斉に立ち上がり深々と腰を折った
「「「お疲れ様です!」」」
ヤクザたちがただ一人のアウトローに最敬礼をしている
異様な光景だった
滝沢はその異様な光景には目もくれない
事務所の一番奥。組長のいるであろう部屋の扉をただ真っ直ぐに見据える
滝沢が奥の部屋の前に立つ
重厚な両引き戸の扉を小里が恭しく開けた
部屋の奥。広大な組長室の中央で一人の老人が深々と頭を下げていた
関東誠勇会組長坂上 誠
その男だった
坂上 誠
元々は武蔵野の一博徒だった男がたった一代で巨大組織を築き上げた
直系組員5000人二次団体は50以上
今や関東一円にその名を轟かせる生ける伝説
その伝説の男が滝沢に対して頭を下げていた
滝沢はその横を無言で通り過ぎる
そして坂上の正面にある来客用のソファにドカッと深く腰を下ろした
滝沢「なんだ?改まって用ってのは」
滝沢が懐からタバコを取り出す
すかさず背後に控えていた小里がライターで火をつけた
坂上はゆっくりと顔を上げると穏やかなしかし底の知れない目で滝沢を見た
坂上「わざわざお越しいただいて申し訳ございません」
滝沢「はっ」
滝沢は鼻で笑う
滝沢「わざわざって距離じゃないだろ?あんたのビルの地下から来ただけだ」
紫煙をふぅと吐き出す
滝沢「しかもアジトを提供してもらってる。そんなに縮こまらなくてもいい」
その言葉に坂上は静かに頷くと対面のソファに腰を下ろした
そして部屋の中に控える屈強な組員たちに低い声で命じる
坂上「みんな下がってくれ」
組員たちは一斉に頭を下げると音もなく組長室から退室していった
坂上「実は少々厄介なことになっておりまして」
坂上は静かに切り出した
滝沢はタバコを咥えたままその顔をただじっと見る
坂上は机の上の大きな封筒から数枚の写真を取り出した
そしてテーブルの上に並べていく
それは監視カメラの映像を引き伸ばしたような粗い写真だった
滝沢「金虎開発……」
滝沢がその写真に写るビルの名前を呟いた
坂上「はい。表向きは不動産や貿易の会社ですが……」
坂上は言葉を続ける
坂上「裏は大陸系のチャイニーズマフィア。近年急速に力をつけている『チャイニーズ・タイガー』。通称CTと呼ばれる巨大組織です」
滝沢「……で?」
滝沢は先を促す
坂上「今までは横浜中華街の利権はうちの直系の組と地元の古いチャイニーズマフィアとで上手いバランスを保ってきました。しかし……」
坂上の穏やかだった目に鋭い光が宿る
坂上「ここ1、2年でこのCTが地元のグループを全て掌握した。うちの直系の組の幹部もすでに数名殺られております」
坂上「……それでCTの頭を殺っていただきたいと」
坂上は続けた
坂上「このご時世です。抗争に発展すれば公安の思うつぼになってしまう…」
坂上「CTの勢いを止めるには頭を取るのが一番早いかと…」
坂上は最後の一枚をテーブルの中央に置いた
恰幅のいい中国人の男の写真。林 豪だ
滝沢はその写真を手に取る
そして数秒だけその顔を見つめた
滝沢「……なるほどな」
ぽつりと呟く
滝沢「分かった」
滝沢はそれだけ言うと写真をテーブルに戻しすっくと立ち上がった
そして一瞥もくれることなく組長室を後にした