八咫烏ファイル
【数日後・夜探偵事務所】
「夜さんのことだから」
健太が淹れたてのコーヒーをテーブルに置きながら言った。
「あの霧島さんが隠してたことやっぱり見たんですよね?」
「まぁだいたいはな」
霧島の名刺を指で弾いた。
「健太は不思議に思わなかったか?」
夜は続ける。
「なぜ前の二社の探偵事務所は襲撃され依頼主であるアークス・リアルティは無傷だったのか」
「確かに……。ウチも襲撃されましたけど」
「その答えは簡単だ」
夜はニヤリと笑う。
「アークス・リアルティなんて会社はそもそも存在しないからだよ」
「えぇっ!?」
「そして霧島の正体。ここが完全には見切れなかったが……あの男は政府の人間。あるいはそれに準ずる何らかの機関の人間だ」
「霧島自身が襲われなかったのは奴が一度も足立区の現場に行ってないから。それだけのことだ」
「なるほどぉ……」
健太はようやく全てを理解した。
「まぁもう終わった仕事だ。どうでもいい」
「それもそうですね」
健太が頷いたその時だった。
夜の私用のスマートフォンが静かに鳴動した。
ディスプレイに表示されたその「番号」を見て夜の表情が一瞬で消える。
彼女はデスクからすっと立ち上がった。
「少し出てくる」
それだけ言うと夜は事務所を出て行った。
【事務所の外】
夜はビルの冷たい壁に背中を預けると通話ボタンを押した。
電話の向こうから聞こえてくるのは静かでしかし絶対的な権威を宿した男の声。
日向 観世の声だった。
『―――八咫烏結集だ』
「……いつ?」
夜は短く問い返した。
『明日0時。迎えをそちらにやる』
「分かった」
夜はそれだけ言うと通話を切った。
そしてしばらくの間スマートフォンの暗い画面をじっと見つめていた。
その横顔は夜の闇よりも深くそして冷たかった。