八咫烏ファイル
【金虎開発ビル近くの高台】
夜探偵事務所の社用車が静かに停車した
闇に紛れるようにして三人の人影が車から降りる
健太が声を潜める
「目立たないようにしゃがんで行きましょう」
璃夏が頷いた
「はい」
三人は高台の茂みに身を隠しそこから金虎開発ビルを見下ろした
距離は直線で500メートルほど
璃夏が目を見開く
「……入り口のガラスが全部なくなってる」
ビルの正面は完全に破壊されエントランスの内部が丸見えになっていた
「あれは……夜さん?」
健太が目を凝らす
璃夏は背負っていたアタッシュケース型のリュックを下ろす
中からスナイパーライフルのスコープのようなものだけを取り出した
そしてそれを覗き込む
「え……!?」
璃夏が絶句した
「何……?あれ……」
「見てみてください」
璃夏は健太にスコープを渡す
「うわっ!」
健太も思わず声を上げた
「間違いなく夜さんですね。服装は革のボンテージみたいなのを着てますが……」
「いえ右の奥の方見てください」
「えぇぇぇっ!?虎!?」
「しかも青い炎をまとった白い虎!?」
「ん?」
小里が訝しげな顔をする
「ちょっと俺にも見せてください」
健太がスコープを小里に渡した
「し・信じられん……」
小里は呆然と呟く
「しかもなんだあの虎と戦ってる死神みてぇなのは……」
「それは日(あきら)さんです」
健太が静かに言った
小里「(日……さん?)」
「ええ。ちょっと説明すると長くなりますけど夜さんの兄さんで」
「ああ、あれが仁様がお話しされていた日さんですか」
璃夏が納得したように頷いた
小里はただポカーンとしている
その時だった
璃夏がアタッシュケース型のリュックを完全に開いた
そして折り畳まれていたパーツを手早く組み立てていく
それはあっという間に一丁の本格的なスナイパーライフルの形になった
「な・なんですかそれ!?」
健太が目を丸くする
「スゲー!」
小里はまるで子供がかっこいいおもちゃを見るかのように声を上げた
璃夏は先ほどのスコープをライフルに取り付ける
最後に銃口に長い消音機を装着した
「―――援護します!」
璃夏はそう言うと地面にうつ伏せになりスナイパーライフルを構えた
スコープの中の光景に集中する
「いえ……終わったみたいです……」
健太「え?」
スコープの中
夜が敵の男を打ちのめした
そして次の瞬間
あの白い虎が自らの主であるはずのその男に襲いかかった
そしてその体を巨大な顎で噛み砕く
遠目でもはっきりと見えた
「うわー……」
小里が呻く
健太は唖然として言葉も出ない
やがて白虎と日の姿もすっと消えた
その時だった
数台の黒い車が猛スピードでビルに向かってくる音がした
健太「あれは……!」
小里「CTか!」
璃夏は再びスナイパーライフルを構え直す
車からリーダー格の孫 鋒と10人ほどの武装した男たちが降りてきた
「援護します!」
璃夏は引き金を引いた
パスッと静かな発射音
CTのメンバーの一人が額から血を吹きその場に倒れる
「なっ!?」
CTのメンバーは明らかに慌てていた
どこから撃たれたのか分からないのだ
パスッ
また一人倒れる
璃夏は冷静にボルトを引き次弾を装填する
そしてまた撃つ
パスッ
パスッ
バタバタと倒れていくCTのメンバー
残った者たちはたまらず金虎開発ビルの中へと逃げ込んでいった
【金虎開発ビル・エントランス】
夜の目の前で増援部隊の男たちが次々と何者かに狙撃され倒れていく
「……どうなってるの?」
やがて生き残った孫 鋒と四人の部下が銃を乱射しながらエントランスの中へと飛び込んできた
「走れ!スナイパーだ!」
孫が叫ぶ
そしてエントランスの中央に一人佇む夜の姿に気づいた
彼は躊躇わず夜に銃口を向け撃った
だが弾丸は夜に当たらない
彼女の目の前でまるで見えない壁に阻まれたかのようにぐしゃりと潰れて床に落ちる
夜はもうそこにはいない
黒い炎をまとった彼女は縮地で速く動く
一人
鳩尾に強烈な掌底を叩き込み意識を刈り取る
二人
アサルトライフルの銃身を掴みそのまま腕をへし折る
三人
回し蹴りで顎を砕き昏倒させる
四人
突進してくる勢いを利用し背負い投げで床に叩きつける
全ては一瞬の出来事だった
残るは孫 鋒一人
彼は目の前で起きた惨劇に恐怖しながらも夜に向かって銃を乱射した
だが全ての弾丸が夜に届くことはない
夜はその銃弾の嵐の中を静かに歩いてくる
そして彼の目の前に立った
孫は恐怖で引き金を引くことさえ忘れていた
夜はただその胸に優しく手のひらを当てる
無寸勁
孫は内臓が揺さぶられる衝撃に白目を剥きその場に崩れ落ちた
戦闘は終わった
夜は静かに高台の方角を見る
『健太君と璃夏さんと一人知らない人がいるね』
日の声がした
夜は高台に向かって手でシッシッと追い払うようなジェスチャーをした
そしてビルの中へ
滝沢が向かったであろう奥の暗闇へと入って行った
【高台】
璃夏はライフルのスコープでその一部始終を見ていた
「……夜さん手をシッシッてやって中に……入って行きました」
「……来るなってことですよね?」
健太が呟く
「あれだけ強いんなら俺らが行っても邪魔になるだけだろうな」
小里はどこか呆れたようにそして感心したように言った
「……そうですね」
璃夏はライフルを下ろした
今はただ信じて待つしかない
二人の最強のプロフェッショナルを