八咫烏ファイル

​【聞き込み調査中・足立区】
​古い住宅街と真新しい金網で囲われた空き地がまだらに混在する奇妙な街。
夜と健太はその周辺住民への聞き込みを続けていた。
​「今のところ分かったのは……」
夜が思考を整理するように呟く。
「買収を進めてるのが一人の女だってこと。それからおそらく中国人……ってことくらいか」
​「そうですね」
健太が手元のメモを見ながら頷く。
「それよりこれだけの土地を買い占めるってかなりの金額ですよね?」
​「そうね」
夜は足を止めた。
「ただ女に買わせてるのはおそらくカモフラージュだ。登記簿を見られないようにストーカー被害を装う。そのための表向きの顔ってとこだろうな」
「とにかくその女を特定しないと……」
​「―――その必要はねぇよ!」
突然背後から野太い声がした。
夜の両腕が屈強な男に羽交い締めにされる。
​「な何するんだ!」
健太が振り返ったその時だった。
別の男が健太の腹に重い拳を叩き込む。
​「ぐっ……!」
健太は呻きながらその場に膝から崩れ落ちた。
​「何なのあなた達!やめなさい!」
夜は抵抗するがびくともしない。
そのまま3人の男たちに黒いバンの中に無理やり押し込まれた。
車のドアが勢いよく閉まる。
そのままバンは猛スピードで走り去って行った。
​地面にうずくまりながら。
朦朧とする意識の中。
健太は一瞬確かに見た。
夜が連れ去られるその瞬間。
こちらを見て片目をつむったのを。
それは心配させるなという合図なのか。
あるいは何か考えがあるのか。
健太には分からなかった。
ただ夜のそのかすかな合図だけが彼の心に深く刻まれた。
​【廃倉庫】
​担がれた夜は広い倉庫の中に降ろされた。
両手は後ろ手にロープできつく縛られている。
​目の前に三人の男が立っていた。
「何を嗅ぎ回ってるんだ姉ちゃん?」
​「あの辺の土地の調査を依頼されただけよ」
​その時。
倉庫の奥からコツコツとハイヒールの音が近づいてきた。
男たちが一斉にそちらを振り返る。
その一瞬の隙。
​「日。手のロープ切って」
夜は誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
背後で縛られていたロープが音もなく断ち切られる。
​やがて一人の女が姿を現した。
上質なスーツを着こなした冷たい目つきの美しい女だった。
​「この件から手を引くなら帰してあげる」
女は夜を見下ろして言った。
「これが最終通告。次に嗅ぎ回るなら死んで貰う」
「どうする?」
​「分かりました」
夜はあっさりと頷いた。
「手を引きます」
​「……話の分かる女で助かるわ」
女は踵を返すと部下たちに告げた。
「あとはお前たちに任せる」
そして再びコツコツとハイヒールの音を響かせて歩き出す。
​その背中に向かって。
夜は静かに立ち上がった。
​そして一番近くにいた男の股間を全力で蹴り上げた。
男は悲鳴にならない声を上げその場に崩れ落ちる。
​「なっ!?」
もう一人の男が殴りかかってくる。
夜はその腕をいなすと流れるような動きで男を投げ飛ばした。
そして倒れた男のみぞおちをハイヒールの尖った踵で思い切り踏みつけた。
​夜は最後の男に一気に距離を詰める。
そしてそのがら空きになったみぞおちに一切の予備動作のない**寸勁(すんけい)**を叩き込んだ。
男の体は「く」の字に折れ曲がり数メートル後方まで吹っ飛んだ。
​「―――はい!そこまで」
女はいつの間にか振り返りその小さな銃の銃口を夜に向けていた。
​「強いのは分かったわ」
「でどうする?」
​「お前何者だ?」
夜が問い返したその時。
​ドォン!
銃声が倉庫に響き渡った。
​だが夜は倒れない。
放たれた銃弾は彼女の眉間数センチ手前で止まる。まるで見えない壁に激突したかのようにぐしゃりと潰れて地面に落ちた。
​女は信じられないといった表情で目を見開いた。
「な……何なのよ!あなた!」
​ドォ-ン!ドォン!ドォン!
女はパニックのまま立て続けに引き金を引く。
だが結果は同じだった。
全ての銃弾が夜に当たる直前空中で無残な鉄の塊となって床に転がった。
​「なるほどな……」
夜は全てを理解したように呟いた。
次の瞬間彼女の姿は女の前から消えていた。
そして背後から女の細い首筋に強烈な手刀を叩き込む。
女は声もなくその場に崩れ落ちた。
​夜はスマホを素早く操作し現在地を健太に送る。
しばらく倉庫を物色して倉庫から出ると少し離れた場所に心配そうな顔をした健太の姿を見つけた。
​「夜さん!大丈夫ですか!?」
駆け寄ってきた健太に夜はいつものクールな表情で言った。
​「何してる?帰るぞ」
「は、はい!」
二人は無言でその場を後にした。
健太はまだ腹の痛みを堪えているようだった。
< 8 / 46 >

この作品をシェア

pagetop