八咫烏ファイル
第四章:訳あり物件

第四章:訳あり物件


夜と健太は車に乗っていた。
健太が夜探偵事務所の年季の入った国産車のハンドルを握る。
向かう先は土地の買収が急速に進んでいるという足立区のとある地域だ。
しばらく車内に沈黙が流れていた。
だが健太はずっと考えていた。昨日のあの依頼人のことを。
意を決して彼はルームミラーで後部座席に座る夜の顔色をうかがう。
「あの霧島さんという方…」
「ん?」
夜は窓の外を眺めたまま気のない返事をした。
「一体何を隠してるんでしょう?」
「あぁ……そのことか」
夜はようやく健太の方を向いた。
「え?」
「もしかして!」
「当たり前だろ」
夜はニヤリと意地悪く笑う。
健太は思わず声を上げた。
「やっぱり頭の中見たんですね!」
「知りたい?」
「そりゃもちろんですよ!」
「知らない方がいいかもよ?」
夜はもったいぶるように言う。
「なんですかそれ!教えてくださいよ!」
「この件……」
夜は少しだけ間を置いた。
「探偵を使うのウチで三社目だってさ」
「えぇっ!?」
健太は驚いて危うくハンドル操作を誤るところだった。
「てことは他のところは調査を断ったってことですか?」
「そ!」
夜は楽しそうに頷く。
「前の二社とも調査を進めてるうちに何かとんでもないことが起きたみたいでね」
「で二社とも途中でさじを投げた。そういう訳ありの案件よ」
「ななんですかそれ!?」
健太の顔がみるみる青ざめていく。
「めちゃくちゃヤバい案件なんじゃないですか!?」
「大丈夫よ」
夜はそんな健太の心配を一蹴するように言った。
そしてにこりと美しく微笑む。
「―――私は」
「『私は』って……!」
健太が叫ぶ。
「俺は大丈夫じゃないかもしれないじゃないですか!」
「自分の身は自分で守りたまえ」
夜はそう言うと興味を失ったように健太にひらひらと手を振った。
やがて車は目的の地域に到着した。
そこは古い住宅街と真新しい金網で囲われた空き地がまだらに混在する奇妙な場所だった。
二人は車を降りると神妙な顔で周囲を見渡す。
そして買収された土地の周辺住民への聞き込み調査を始めた。
< 7 / 46 >

この作品をシェア

pagetop