『先輩、あの日の約束、                         覚えてますか?』

第2話「駅前の本屋さんに、あの日の約束を」

 発売日なのに、実感がない。
 いや、たぶん緊張しすぎて、感覚がどこか飛んでるんだと思う。

 ──本日発売
 “第31回 小説グランプリ 受賞作『雨に咲く』”

 駅前の本屋さんに、私の名前が並ぶ。
 夢みたいな話が、本当に現実になった。

 ビニール傘をくるくる回しながら、駅から少し歩いたその場所は、何ひとつ変わっていなかった。

 本屋のガラス越しに、表紙が見える。
 私の名前。白い文字で、ちゃんとそこにあった。

 (……本当に、並んでる)

 胸の奥がきゅっとなって、私はそっとドアを押した。

 *

 本棚の前で、足が止まる。
 緊張と照れと、なにより信じられない気持ち。

 「……すみません、この本って在庫ってまだ──」

 すぐ近くから聞こえた声に、私は一瞬で動けなくなった。

 低くて、でも耳に残っていた声。

 「……この本、もう何冊かあります? 全部ください」

 ゆっくりと顔を向けると、そこにいたのは──

 スーツ姿の男性。
 少し大人びたけど、間違いようのない、あの人だった。

 「……先輩」

 声がかすれて、自分でもびっくりする。

 彼はゆっくりとこちらを見て、そして、ふっと笑った。

 「遅い。発売時間、朝イチじゃなかったっけ」
 「……なんで……ここに……?」

 「約束したから。忘れたの?」

 心臓が跳ねた。

 「俺、お前の本、ぜんぶ買い占めに来たんだけど──」  
「売り切れだった」

 悔しそうに眉をひそめながら、でも、目だけは笑っていた。

< 4 / 6 >

この作品をシェア

pagetop