「物語の最後に、君がいた」
第17話 さよならを告げに、神奈川へ
「澪、本当に戻るの?」
静かな喫茶店で、悠真がそう言った。
その声には、心配と、澪への信頼が混ざっていた。
「うん……会いたくはないけど。ちゃんと、自分の足で終わらせたいの」
澪はそう答えた。
神奈川に残したものは、記憶と傷だけだった。
でも、逃げたままでは、本当の“新しいはじまり”が来ない気がしていた。
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福岡から神奈川への新幹線。
窓の外に流れる景色が、遠くなった“あの頃”を呼び起こす。
駅に降り立つと、風が冷たくて、どこか刺すようだった。
(ここで、わたしは毎日、息をひそめて生きてた)
家の前まで来て、足がすくんだ。
でも、深く息を吸って、インターホンを押す。
母が出てきた。
目を見ても、何も感情がわいてこない。
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「……今さら、何の用?」
冷たい声。
けれど澪は、驚かなかった。
むしろその無関心さに、少しだけ、安心した。
「もう戻らないから。学校も、家も、全部やめる。
これからは、自分で生きていく」
母は黙っていた。
それでよかった。
言葉なんて、もういらなかった。
澪は最後に頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました」
たったそれだけで、肩の荷がすっと軽くなる気がした。
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その日の夜。
駅の近くのホテルでひとり、澪はスマホを見つめていた。
悠真からのメッセージが届いていた。
「澪、大丈夫だった?
今日、ずっと澪のこと考えてた。
帰ってくるの、待ってるよ」
その言葉を見て、涙があふれた。
泣きながら、スマホをぎゅっと胸に抱いた。
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“もう、あの場所に戻らなくていい。
わたしには、帰る場所がある──
君のいる、福岡へ。”