「物語の最後に、君がいた」
第18話 はじまりの春、ふたりの約束
桜の花が、福岡の空にふわりと舞っていた。
その光景は、澪の記憶の中にあったどの春よりも、柔らかでまぶしかった。
「おかえり、澪」
駅の改札を出たところで、悠真が笑っていた。
その姿を見た瞬間、澪は涙をこらえることができなかった。
「……ただいま」
涙をぬぐいながら笑ったその顔を、悠真はまっすぐ見つめた。
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それから数カ月後。
ふたりは大学の合格通知を持って、再び並んで歩いていた。
同じ大学の、同じ学部。
夢だったわけじゃない。
でも「ここで生きていきたい」と願った未来の一歩だった。
「なんかさ、春って、ちゃんと来るんだね」
澪がぽつりと言うと、悠真は空を見上げた。
「うん。ちゃんと来るよ。……でも、澪が来てくれたから、俺にも春が来た」
「なにそれ、くさいよ」
「言ってる自分でもちょっと思った」
ふたりで笑い合う声が、春の風に溶けていった。
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その日の帰り道。
河川敷のベンチに座って、悠真が小さな箱を澪に差し出した。
「なにこれ?」
「おそろいのキーホルダー。入学祝い」
中には、小さな栞の形をしたキーホルダー。
そこには、銀色の文字でこう刻まれていた。
“この物語のつづきを、君と一緒に。”
澪は、胸がぎゅっとなるのを感じた。
「悠真……」
「まだ先のことはわからないけど。
それでも、これからも一緒にいたい。
澪が迷ったり、不安になったりしても、そばにいたい。
……ダメかな?」
「……ダメなわけ、ないよ」
澪は、笑いながら泣いていた。
春の陽ざしの中で、もう涙の味は苦くなかった。
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“この春を、何年たっても思い出す。
新しい物語のはじまりに、
君がいたことを──。”