あの夏の夜の続きは今夜
「髪伸ばしてんの?」

浮島がすぐ頭上で言う。

「いつもこのくらい」
「似合ってるね」
「なんで?」
「いや、深い意味はないけど」

口元を抑えて、浮島は恥ずかしそうにドアの上の案内表示に目をやる。つられて私も見るけど中野まではまだまだだ。

新宿に着いたとしても座れないだろう。

途中人が乗り降りして角のスペースが余ったから浮島の手が私をそこに誘導する。

私は壁に背を預けた。

浮島が指を絡めるように握り直した。

指が指を擦るように、骨を撫でるように、関節の存在を感じるように、その指の形を覚えるように手を握る。

浮島と目が合う。

「好きな人いる?」

そう彼は聞いてきた。回答に詰まって、私はきっと笑顔が固まったんだと思う。

その質問の真意を知りたくて首を傾げた。

私は何も言ってないのに「いや」と浮島は言った。

「前は好きな人いないって言ってたから」

そう言って笑ってごまかして私から目を逸らした。

「ずるいよ」
「ずるいって何」
「人に聞く前に浮島が言ってよ」

「ああ」と低い声で納得したように呟く。

「ああ、俺は好きな人いるよ」

そしてイタズラなズルい目で私の目を見てきた。

「ずるいって」
「ずるいって何が」

浮島は笑う。

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