夏祭りのキューピッド
 モモちゃんと岡田くん、今ごろどうしてるかな。
 やったことと言ったら、ただ一言可愛いと言っただけ。だけど長年片思いをしておきながら何もできなかったことを思うと、例え小さくても、間違いなく前に進めた一歩だと思う。

「けどよく考えたら、私達がしたことと言ったら、岡田くんとモモちゃんを強制的に二人きりにしただけなんだよね。これじゃ、キューピッドなんて言えないかも」
「確かに……」

 私の言葉に、広瀬くんも苦笑いしながらうなずく。
 もしも次にこんな機会があったら、もっとちゃんとサポートできるようにしたいな。

 そんな反省をしていると、持っていたスマホが鳴って、メッセージを受信したことを告げた。

 差出人は、モモちゃんだ。なんだろうと思ってメッセージを開くと、そこにはこう書かれていた。

『ずいぶん時間かかってるけど、かき氷はもう買えた?』
「あっ……」

 そうだった。わたしも広瀬くんも、元々かき氷を買いに行くって言ってモモちゃん達と別れたんだ。いくらなんでも、そろそろ戻らないとまずいよね。

 せっかく二人きりにしたけど、それももうおしまいか。そう思ったけど、そこでさらに、新しいメッセージがやって来た。

『真夜ちゃん。もしかして、広瀬くんと一緒にお祭り回りたかったりする? もしそうなら、しばらく時間つくるよ』

 うん? これはどういうことだろう?

 どうしてモモちゃんがこんなことを聞いてきたのかわからなくて、頭の中に『?』が浮かぶ。

 だけど、そこで思った。
 わたしと広瀬くんが二人で回ることになったら、その間、モモちゃんと岡田くんだって二人きりになれるじゃない。
 これをみすみす逃す手はないと思うけど、広瀬くんはどうだろう。

「ねえ広瀬くん。モモちゃんから、わたし達二人で回ったらどうかなって言われたんだけど、どうしよう」
「二人でって、俺と木沢がか?」
「うん。それとも、みんな一緒がいい?」

 わたしとしては、そうすることでモモちゃんと岡田くんに二人の時間を作ってあげたいけど、もしも広瀬くんが嫌なら仕方ない。
 だけど広瀬くんは言った。

「いや、俺はできれば、このまま木沢と一緒に回りたい。もちろん、木沢が嫌じゃなければだけど」
「ほんと? それじゃ、決まりだね」

 さっそくそれをメッセージにしてモモちゃんに送ると、それならしばらくの間別行動にして、また後で合流しようと返事が届く。
 それともうひとつ、こんなメッセージも一緒に届いた。

『広瀬くんと一緒に楽しんでね♡』

 なんでハートマーク?
 またもや頭に『?』が浮かぶけど、それを深く考える前に、広瀬くんが声をかけてくる。

「それじゃ、とりあえずどこに行く?」
「うーん、どこがいいかな。広瀬くんは、どこか行きたい場所ってある?」

 ちょっと考えるけど、すぐにはこれってのが浮かばない。
 思えばキューピッド作戦にばかり夢中で、自分がこのお祭りでどこに行きたいかなんて、よく考えてなかったよ。
 ここは、広瀬くんの意見を聞いてみよう。

「そうだな。かき氷はもう食べたから、次は、わたがしと、りんごアメと、イカ焼きと、チョコバナナ。って言っても、それ全部食べるのは無理だから、その中のいくつかだな。あとは、金魚すくいに射的かな」
「そんなに──って、それってわたしがキューピッド作戦で提案したやつばっかりじゃない」

 前に、学校で話をした時に挙げた、お祭りでやってみたいことの一覧だ。

「ああ。どうせ行くなら、楽しいって思うところの方がいいだろ。それとも、他に行きたい所があるのか?」
「ううん、それでいい。と言うか、それがいい」

 元々、自分がやりたいと思って並べたものだから、いいに決まってる。

「それにしても、あれ全部覚えてたの? 一回しか見たことなかったよね」
「一応、念のため覚えておいた方がいいって思ったんだ」

 岡田くんからは役に立たないって言われて、わたしだって半分忘れてたのに。広瀬くんすごい。

 それじゃ、行き先も決まったことだし、さっそく出発。そう思ったけど、なぜかそこで広瀬くんは足を止める。

「木沢──」
「なに?」

 つられてわたしも足を止めると、広瀬くんは、何か言いたそうに口を開いて、だけどなかなか声が出てこない。

「広瀬くん?」

 いったいどうしたの? そう聞こうと思ったけど、そこでようやく、広瀬くんは言う。

「今日のその浴衣、可愛いから」
「えっ?」

 言った瞬間、広瀬くんの顔が赤くなっていくのがわかる。そういえばさっき、はっきり可愛いって言うのはハードルが高いって言ってたっけ。

 だけどもしかしたら、わたしだって同じように赤くなってるかもしれない。

「な、なんで急に、そんなこと言うの?」
「木沢が、自分で言ってただろ。たくさん考えてオシャレしたんだから、それを褒められると嬉しいって」

 そりゃ言ったし、たけどまさか、こんなタイミングで褒められるなんて思わなかったよ。

「もしかして、嬉しくなかったか?」
「ううん、そんなことない。絶対に、ないから!」

 とってもビックリしたけど、こうまでハッキリ可愛いって言われるのは、思っていた以上に嬉しかった。
 それに、ドキドキした。

「そっか、よかった。えっと……それじゃ、そろそろ行こうか」
「う、うん」

 歩き出した広瀬くんの後をついていこうとするけど、そこで広瀬くんは、スッと右手を差し出してきた。

「ふぇっ?」
「あ、あいつらみたいに、はぐれるといけないからな。手、繋いでた方がいいんじゃないか」
「そ、そうだね」

 言われて、広瀬くんの手を握る。重なったその手は、なんだかとっても熱いような気がした。

「まったく。人の恋愛にあれだけ興味津々なら、俺の気持ちにも気づけよ」
「えっ? なんて言ったの?」
「なんでもない」

 おかしいな。確かに、何か言った気がしたんだけど。
 そんなことを考えてる間も、繋いだ手は、相変わらず熱いままだった。
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