とある伯爵と不遇な男爵夫人の計画~虐げられるだけの結婚生活は捨てます~
第2話
「はあ……」
ヴェリテ伯爵が馬車に乗り帰路につく様子を書斎の窓から確認しつつ、領地経営に関する書類に目を通す。
本来ならクライストが行うべき役目なのだが。
「! これ、期日が迫ってきているじゃない!」
1枚の書類……マーチャド・リューゼスト伯爵との取引が記された書類を手に持ち、子供部屋で人形作りに精を出しているクライストの元へと走った。
なぜならこの書類は、当主であるクライストの印が必要なのである。しかもクライストの印は彼が自分で管理するから、と書斎ではなく彼の子供部屋にあるのだ。
「クライスト、ここに印を押して頂戴!」
「えぇ?」
「はんこを押すだけでいいわ、はやく!」
「え、えぇと……」
人形制作に必要な木材や絵の具などでしっちゃかめっちゃかになっている部屋の中を、クライストは乱雑に探し回る。だが、印は一向に見つかる気配が無い。
「どこに置いたの?」
「うぅ、ここに置いたはずなんだ……!」
「私も手伝います!」
クライストが探し回っている窓側の茶色い作業机に手を伸ばし、木片を掴むと彼は甲高い叫び声を上げる。
「さ、触らないでくれ! 大事なものなんだ!」
どうやら彼の逆鱗に触れてしまったようだ。クライストは片付けが嫌いなのだが、こうなるなら彼がいない間に片付けすれば良かったと後悔する。
「っ、す、すみません……」
「ここに置いたはずなんだ、置いたはずなんだよ!」
目をかっと見開いて半ば狂乱の様子を見せるクライスト。すると部屋の外らへんからカツカツと靴音が近づいてくるのが聞こえ出した。まずい、どうやらこの騒ぎを聞きつけていたみたい。
「何をしているのかしら?」
「ま、ママ!」
クライストが青ざめた顔で部屋を訪れたマレナお義母様を見つめる。彼女のキツい瞳は明らかに私に向いていた。
「ユーティアさん、何をしたのかしら?」
「あの、こちらの書類に印が必要で……」
「だから息子をパニックにさせたの?」
まるでクライストをパニックにさせたのは私のせいだと言わんばかりの口調。針のような圧力が私の胸に襲いかかる。
だが、この書類に印を押さねば、リューゼスト伯爵との取引が……!
「あなたがちゃんと余裕を持っていたらこうはならなかったのよ」
「っ……申し訳ありません」
「クライスト、あなたの好きなミルクティーを飲みましょう」
マレナお義母様がそう言ってクライストを甘い声でなだめると、強張っていた彼の顔は落ち着きを取り戻した。
「全く……」
マレナお義母様は私を睨みつけながら、クライストの肩を抱いて部屋から去っていった。
残された私は今がチャンスとばかりにはんこを探す。
「あった……」
机の右側にある真ん中の引き出し奥に眠っていたとは。はあ……とため息をこぼしながら書類に印を押す。
「疲れた……」
終わりがない。早く終われこんなめんどうなの。と心の中で唱えながら部屋を足早に後にする。どうせ後からマレナお義母様に片付けなさいって言われるかもしれないわね。
「……あ」
廊下を歩いていたら、とぼとぼとクライストが歩いていた。マレナお義母様の姿はいない。
「……クライスト」
「ユーティア」
「……離婚しましょう」
この国は結婚して3年経過と両者の合意が無ければ離婚が認められないという法律がある。私達は結婚してもう3年が経ったのだから、あとはクライストの合意があれば……。
ああ、無意識に離婚しましょうだなんて。私はもうそこまで至っているみたい。
「無理だよ」
クライストの冷たい言葉が、頭の上に降りかかる。
「どうして? だって私……」
「無理なものは無理だよ。ママが許すわけないし。ユーティアにはいてもらわないとママ達が困るから」
クライストはそれだけを言って背中を見せて歩き出す。私とはもう話したくないというのが見え隠れしているけど、止めなきゃ……!
「ま、待って!」
私の呼びかけに彼が答える事は無かった。
ヴェリテ伯爵が馬車に乗り帰路につく様子を書斎の窓から確認しつつ、領地経営に関する書類に目を通す。
本来ならクライストが行うべき役目なのだが。
「! これ、期日が迫ってきているじゃない!」
1枚の書類……マーチャド・リューゼスト伯爵との取引が記された書類を手に持ち、子供部屋で人形作りに精を出しているクライストの元へと走った。
なぜならこの書類は、当主であるクライストの印が必要なのである。しかもクライストの印は彼が自分で管理するから、と書斎ではなく彼の子供部屋にあるのだ。
「クライスト、ここに印を押して頂戴!」
「えぇ?」
「はんこを押すだけでいいわ、はやく!」
「え、えぇと……」
人形制作に必要な木材や絵の具などでしっちゃかめっちゃかになっている部屋の中を、クライストは乱雑に探し回る。だが、印は一向に見つかる気配が無い。
「どこに置いたの?」
「うぅ、ここに置いたはずなんだ……!」
「私も手伝います!」
クライストが探し回っている窓側の茶色い作業机に手を伸ばし、木片を掴むと彼は甲高い叫び声を上げる。
「さ、触らないでくれ! 大事なものなんだ!」
どうやら彼の逆鱗に触れてしまったようだ。クライストは片付けが嫌いなのだが、こうなるなら彼がいない間に片付けすれば良かったと後悔する。
「っ、す、すみません……」
「ここに置いたはずなんだ、置いたはずなんだよ!」
目をかっと見開いて半ば狂乱の様子を見せるクライスト。すると部屋の外らへんからカツカツと靴音が近づいてくるのが聞こえ出した。まずい、どうやらこの騒ぎを聞きつけていたみたい。
「何をしているのかしら?」
「ま、ママ!」
クライストが青ざめた顔で部屋を訪れたマレナお義母様を見つめる。彼女のキツい瞳は明らかに私に向いていた。
「ユーティアさん、何をしたのかしら?」
「あの、こちらの書類に印が必要で……」
「だから息子をパニックにさせたの?」
まるでクライストをパニックにさせたのは私のせいだと言わんばかりの口調。針のような圧力が私の胸に襲いかかる。
だが、この書類に印を押さねば、リューゼスト伯爵との取引が……!
「あなたがちゃんと余裕を持っていたらこうはならなかったのよ」
「っ……申し訳ありません」
「クライスト、あなたの好きなミルクティーを飲みましょう」
マレナお義母様がそう言ってクライストを甘い声でなだめると、強張っていた彼の顔は落ち着きを取り戻した。
「全く……」
マレナお義母様は私を睨みつけながら、クライストの肩を抱いて部屋から去っていった。
残された私は今がチャンスとばかりにはんこを探す。
「あった……」
机の右側にある真ん中の引き出し奥に眠っていたとは。はあ……とため息をこぼしながら書類に印を押す。
「疲れた……」
終わりがない。早く終われこんなめんどうなの。と心の中で唱えながら部屋を足早に後にする。どうせ後からマレナお義母様に片付けなさいって言われるかもしれないわね。
「……あ」
廊下を歩いていたら、とぼとぼとクライストが歩いていた。マレナお義母様の姿はいない。
「……クライスト」
「ユーティア」
「……離婚しましょう」
この国は結婚して3年経過と両者の合意が無ければ離婚が認められないという法律がある。私達は結婚してもう3年が経ったのだから、あとはクライストの合意があれば……。
ああ、無意識に離婚しましょうだなんて。私はもうそこまで至っているみたい。
「無理だよ」
クライストの冷たい言葉が、頭の上に降りかかる。
「どうして? だって私……」
「無理なものは無理だよ。ママが許すわけないし。ユーティアにはいてもらわないとママ達が困るから」
クライストはそれだけを言って背中を見せて歩き出す。私とはもう話したくないというのが見え隠れしているけど、止めなきゃ……!
「ま、待って!」
私の呼びかけに彼が答える事は無かった。