悲劇のセイレーンにささやかな愛を
「大丈夫か、澪?休憩する?」
「……」
フルフル、と首を横に振る澪。
でもさっきからずっと表情は強張り、俺の腕にしがみついている。
昨日着ていた白いワンピースは干してあるので、俺の服と靴を貸して家を出たのはいいものの。
最初はニコニコしていた彼女が人が多くなるにつれだんだんとこのような感じになってしまった。
……やはり、極度の人見知りなんだな。
それにしても、通りを歩くとすれ違う人がほとんど澪の方を見ている。
男女関係なく、じいっと見つめる人や何か噂する人、中には顔を赤らめる男もいた。
多分、澪は今までこの視線の中で過ごしていたんだ。
そう思うとやるせない思いになった。
俺は、この視線に慣れてない訳じゃない。
それどころか対処法も覚えた。
しかし澪の方は?
さっきからずっと何かに怯えているような彼女が、慣れてるはずもない。
大丈夫だ、という意思を込めて空いている手で彼女の髪に触れると、やっとこっちを向いてくれた。
ダボっとした半袖のTシャツにジーンズ。頭には黒のキャップ。
シンプルすぎると思っていたけど、意外と……というか結構似合う。
「澪、まずは手帳とペン買いに行こうな」
少し表情が緩くなったのを見て、俺はほっとした。