【コンテスト用シナリオ】恋は光の色をして私たちに降る
第五話 これでいいはず、なのに
◯由良の部屋・何度も全身鏡を見て変なところがないかチェックする
由良「変じゃないかな?大丈夫、だよね」
由良モノローグ(今日は待ちに待った先生との初デートの日。あんまり可愛くなりすぎないように、でも女の子らしくなるように小花柄のロングスカートと上はシンプルに白いTシャツを合わせた。まだ夏真っ盛り、おろしていると汗をかくから髪の毛は緩く巻いてポニーテルにする)
由良モノローグ(先生は家まで来るまで迎えにきてくれると言っていたけど待ち合わせというものを私がしたいとわがままを言って合わせてもらった)
◯待ち合わせ場所に着く・昼少し前
由良「嘘」
そこにはまだ時間の10分前なのに柱にもたれかかってスマホを確認してる碧がいた
いつもの服装よりはかなりラフでデニムに黒いTシャツを着ている
由良「せ、先生!」
小走りで碧に駆け寄る由良
碧はその伏せた目を由良に合わせて嬉しそうに笑った
碧「早かったね?まだ10分前なのに」
由良「いや、先生の方が早かったですよ!お待たせしちゃってごめんなさい」
碧「んーん。俺が早く着きすぎただけ。楽しみでさ」
ニコッと音がしそうなくらいの笑顔でそう言うから照れて黙る由良
碧「どうした?」
俯く由良の顔を下から覗き込んで目が合うとまさかの碧も赤くなった
碧「由良が照れるからなんか俺も恥ずかしいんだけど。てか、可愛いね今日」
由良「えっ!そ、そんなことないです」
顔の前で横に手を振る由良の腕をパッと掴んで
碧「可愛いから。あと、敬語もう無しね」
そう言った
由良「は、うん。分かった」
碧「よし、行こっか」
満足そうに笑顔で頷くと手を握って歩き出した
◯すっかり陽が落ちて外は暗くなっていた・時刻19時過ぎ・ウインドウショッピングを終えたふたり
碧「良かったら俺の家来る?」
由良「いいの?そんな急に」
碧「もちろん。由良が嫌じゃければだけど」
由良「嫌じゃない、です。もっと一緒にいれるってことだよね?そんなの嬉しい…」
言いかけた由良を碧は思わず抱き締めた
由良「きゃっ、先生、ここ外だよ…」
碧「ん?だから何」
抱き締めながらそう言うせいで耳元で碧の優しくて低い声が聞こえてくる
由良「だ、だめだよ!」
すごく恥ずかしくなって腕の中で由良は言葉だけで抵抗した
碧「はいはい。じゃあ家だったらいいってことだよね?」
そんな意地悪な言葉を放って由良から離れるとほらと言わんばかりに手を差し出す
◯車に乗り込むふたり・碧の自宅へと車を走らせる
由良「お邪魔します」
◯碧の自宅・立派なオートロックのマンション・通された部屋は大きなソファがあって広いシステムキッチンがある
碧「大したもんないけど適当に座ってて」
由良「はーい」
キッチンで飲み物を用意してくれている碧の姿が絵になって思わず見惚れてしまう
「碧何?そんな見ないでよ。照れるから」
微笑む碧
由良「えぇー?そんなに見てたかな」
碧「見てたよ。はい、どうぞ」
カップをふたつ持って由良の横へと座る
由良「ありがとう」
目の前に置かれたいい香りのする紅茶が鼻をくすぐる
カップを置くと同時に優しく抱き締められる
由良「わ、急に」
恥ずかしさのあまり驚いたフリで抱き締めている腕を優しく掴んで離そうとするけれどギュッとされていて思い通りにはならなかった
碧の方を向こうと振り返るとキスをされる
碧「ごめん。我慢出来なかった」
謝るくせにちっとも悪そうにしいない碧がはにかんで笑う
なんとなくそのまま見つめ合ったところで碧のスマートフォンが鳴り響く
碧「ごめん。ちょっと出ても良い?」
由良「あ、うん!」
一気に現実に引き戻されて恥ずかしくなり顔を背けた
碧「何だよ。依澄」
少しムスッとして電話に出ていた
由良がソファに座って待っていると
碧「はぁ?!今から?無理無理。だって由良来てるし」
そんな声が聞こえてくる
由良(どうしたんだろ)
碧が仕方ないなという顔をしながら受話器口を手で押さえながら由良に言った
碧「ごめん…今から依澄、と俺も知り合いの人が来たいって言ってて…なんか家のすぐ側まで来てるとか言うんだよね」
由良「そうなの?そしたら私帰る…」
言いかけた私の言葉を遮るように
碧「それは嫌」と子どもみたいな駄々をこねる
由良「ふふ、子どもみたい」
碧「だってもう少し一緒にいたいじゃん。あ、依澄?由良もいていいかな?うん、そう。分かった。後でな」
碧は勝手に話を進める
碧「嫌だった?」
眉を下げて顔色を伺っている
由良「嫌じゃないよ。でもその知り合いの人って、私がてもいいの?」
碧「何で?俺の彼女じゃん。ちょうどいい機会だからその人にも紹介するよ」
紹介、という響きにあまり慣れてなくて嬉しい気持ちが勝って頷く由良
◯数分後部屋のインターホンが鳴る・それに応じる碧
玄関が開くと依澄の声で「お邪魔します」が聞こえるが次に聞こえた声女性の声だった
凛としていて明るく「お邪魔しまーす」と気軽に言う
依澄「ごめんね碧君。由良ちゃんも」
久しぶりにちゃんと見る依澄は少し痩せて疲れているように見える
由良が返事をするよりも早く碧の知り合いだというその女性が口を開いた
女性「碧ー!久しぶり。びっくりした?」
依澄の背後から顔をひょこっと覗かせるその女性はダークブラウンの肩につかないくらいのショートヘアに長い手足、色白で綺麗な切れ長の目が美人だと物語っていた
碧「びっくりした?じゃねぇよ。帰ってくるなら帰ってくるってさぁ」
女性「えへへ。驚かせたくて。そちらは?」
碧のいつもよりうんと砕けた話し方にざわつく由良の心
それと同時にこの女性は先生とどういう関係なのかと色々頭を悩ませていると明るい声が耳に入ってくる
碧「俺の彼女。すげぇ大事な子なんだ」
由良の肩をグッと自分の方に寄せて真っ直ぐその人を見る碧
莉央「彼女…?彼女かぁ!そっかぁ。可愛い子だね?私は真白莉央です。こう見えてもピアニストなんだー」
莉央は驚きで目を丸くしつつもあっさりと由良の存在を認めて微笑んだ
由良「あっ、えと。羽月由良です。初めまして。ピアニストなんて、すごい」
莉央「そんなすごくないよ。あ、私のことは莉央でいいよ。由良ちゃんって呼んでもいい?」
クールそうに見えて案外気さくで優しい莉央に驚きつつ由良はすぐに打ち解けていく
由良「もちろんです!莉央さん」
◯莉央はキッチンに行き手際良く手に持っていたスーパーの袋からお酒の缶やら何やらを取り出す
由良「私も手伝います」
莉央「本当?じゃあお願いしちゃおっかな」
◯キッチンには由良と莉央のふたりの姿が並んでいる
莉央「碧とは付き合って長いの?」
◯手際良くおつまみを並べながら由良にそう聞く・由良はお皿を並べている
由良「全然です。まだ1ヶ月とかその辺です」
莉央「そっかぁ!1番楽しい時期だね!いいね」
由良「そういえば、莉央さんと先生ってどんな関係なんですか?」
何となく聞いてみるが莉央は一瞬目を伏せてすぐに笑顔に戻って「腐れ縁みたいなものかな」
微笑んだ
莉央「由良ちゃんさ、別に何も心配しなくていいんだからね」
由良「え?」
莉央「碧のこと!あいつすごく一途だから」
リビングで依澄と談笑している碧を優しく見つめる莉央
莉央「ふたりともー!できたよ」
そう言いながら莉央はお皿を持ってキッチンを後にする
◯四人でテーブルを囲む・莉央はお酒を沢山飲んで日頃のストレスを口に出す・それを頷いて聞く碧
ついていけない由良に碧はごめんなと申し訳なさそうに謝る
全然大丈夫だというふうに笑って見せれば安心した顔に戻る碧
◯横を見てさっきまでいたはずの依澄がいないことに気づく由良・リビングのカーテンがふわりと風に揺れていて目線をそこへ移せばベランダが少しだけ開いている
由良「依澄君?」
◯酔ってきた莉央の介抱を碧に任せてベランダへと足を運ぶ由良
依澄「あ、由良ちゃん」
◯ ベランダの柵に寄りかかっている依澄
由良「どうかした?具合悪い?」
依澄「大丈夫。ちょっと涼みたいなって思っただけだよ」
由良(あ…この顔懐かしい…)
◯ふわっと笑う依澄
由良「そっか。それなら良かった。なんか…ちゃんと話すの久々だね」
◯同じようにベランダの柵にもたれる由良
依澄「そうかな。どう?碧君とはうまくいってる?」
由良「うん。た、ぶん?」
依澄「ふは、何だそれ。でも良かった」
由良モノローグ(そう言って笑う依澄君の横顔がなぜだかとても寂しそうに見えて私は思わず顔を覗き込んだ)
由良「なんか…依澄君元気ない?大丈夫?」
依澄「…由良ちゃん。それ無自覚だよね?」
◯依澄は由良の方を見ないで話す
由良「え?どういう」
依澄「ふっ、何でもないよ。そろそろ中入ろっか」
先に室内に戻ろうとする依澄の後ろを由良はついて行った
◯リビング・お酒でかなりぐでんぐでんな莉央の姿
依澄「えぇ、もう何やってんの莉央さん」
莉央「んえ?依澄じゃん。何ってなんも?」
碧と依澄は顔を見合わせて溜息を深くつく
碧「悪い、由良、依澄。ちょっと莉央のこと送ってくるわ」
その手には車のキーが握られていて片方の空いてる手でごめんと謝った
依澄「いやいや、僕が連れて帰るよ。碧君は由良ちゃんといなよ」
碧「そうしたいんだけど、さすがにあれじゃ歩いて帰れないだろ」
碧が溜息をついて目線をやると莉央がソファで完全に伸びていた
◯ちらっと由良を心配そうに見る依澄に微笑んで自分は大丈夫だとみせる
由良「気にしないで!送ってきてあげて」
碧「由良、本当にごめん。すぐ帰ってくる」
由良「うん全然平気」
由良モノローグ(全然平気って思いたいのに莉央さんが先生に触れるのが嫌だなんて私心狭いな)
◯玄関のドアが閉まる音が聞こえる
さっきまで騒がしかったはずの部屋が急に静かになり依澄と由良がふたりきりになる
由良「私、後片付けでもしようかな」
依澄「手伝うよ」
◯テーブルを拭きあげる由良・依澄はお皿を下げている
由良「最近は忙しいの?」
依澄「そんなことないよ。どうして?」
由良「ほら、講義終わるとすぐ帰っちゃうから」
依澄「あぁ。あれか…。まぁちょっと色々あって」
由良「…色々って?」
依澄「ううん、大丈夫」
依澄(由良ちゃんと碧君を見るのが辛いからとか言えないよな)
由良「っ、でも」
依澄「…じゃあさ、いややっぱいいや」
依澄(僕は今何て言おうとしてたんだ。碧君じゃなくて僕といてよ、って?あの時嘘をついたのは僕だろ)
由良「やっぱいいって本当は何かあるの?」
依澄「ないってば。ほら早くやろ」
◯無言の由良と依澄
◯数十分後玄関のドアが開いた音がする
依澄「碧君おかえりー」
さっきとはうってかわって気の抜けた声で玄関の方を覗く
碧「ごめんな。ふたりに片付けさせちゃって」
◯綺麗になったテーブル
由良「ううん。莉央さん大丈夫そう?」
洗い物が終わった手をタオルで拭きながら碧の方へと歩いて行く
碧「なんとかな」
頭を掻いて少し疲れた顔を見せる碧
依澄「じゃあ片付けも終わったことだし。僕はもう帰るよ」
碧「本当に助かった。依澄のことも送って行ってやりたいけど…」
依澄「僕はいいよ。お酒飲んだわけじゃないし。由良ちゃんと一緒にいてあげて」
碧「悪いな」
依澄「こっちこそ。いきなり来てごめんね」
碧「あー、そのことだけど。莉央が無理矢理誘っちゃったから依澄にも謝っといてだと」
依澄「お酒飲むと優しくなるねあの人」
碧「だな。じゃあ気をつけて帰れよ」
依澄「うん。またねふたりとも」
◯ひらりと手を振る依澄・リビングから出て行く
なんとなくソファに座ってみると碧も由良の隣に座った
碧「あのさ、今日嫌じゃなかった?」
由良モノローグ(それはデートなのに莉央さんが途中で来たからという意味だろうか)
由良「楽しかったよ」
由良が笑ってみせると碧はホッとしたように肩を落とした
碧「…あともうひとつ言いたいことがあって」
由良「言いたいこと?」
碧「俺、昔って言っても大学時代なんだけど莉央と付き合ってたんだ卒業するまでずっと」
由良モノローグ(そう言われた瞬間なぜだか妙に納得した自分とまさかという気持ちの自分がいた)
◯莉央との会話の回想シーン
"あいつすごく一途だから"
莉央の凛とした明るい声が脳裏を掠める
碧「別に隠すこともないと思ったから一応言っておきたくて…由良?」
由良(でも、これはさすがに予想外だったなぁ)
由良「え?あぁうん聞いてる聞いてる。そうだったんだぁ。だからあんなに仲良かったんだね」
碧「気にしてない?」
由良モノローグ(正直凄く気になる。だってあんな美人で明るくて優しい人がずっと、ずっと先生の隣にいたんだと思うと自分じゃ釣り合わない気がしてしまう)
碧「由良?」
由良「大丈夫だよ。先生と莉央さんだからあんなに仲良かったんだね」
由良モノローグ(莉央さんと先生がもう何もないって分かってるのに、莉央さんの先生を見つめる優しい顔を思い出して自分の心の隙間に凄く嫌な空気が流れ込む)
由良(あ、だめだなんか泣きそう)
由良「…私帰るね」
碧の顔を見ずにソファから立ち上がる
碧「由良、待って」
由良の腕をスッと掴み引き止める
由良「ごめんなさい…」
由良はその腕を弱く振り払うとその場から動き出した
碧「もう本当に莉央とは何でもなくて」
由良「そうじゃないの」
由良(違うの先生。分かってるけど、でも)
碧「そうじゃないってじゃあ何で…」
由良「…私、先生のことちゃんと分かってるって思ってた。でもやっぱり何も知らなかったのかも」
碧「は、どういう意味…?」
不安な顔をして由良をソファから見上げる
由良「私ばっかり先生のことが好きみたい」
碧「え?そんなことないって」
由良(莉央さんのあんな優しそうな顔見てもそんなこと言えるの?)
由良モノローグ(伝えてしまいそうな言葉をぐっと飲み込む)
由良「まだ終電もあるしひとりで帰りますね」
碧「話逸らすなって」
リビングから出て行こうとする由良を追いかける
碧を振り返った由良が泣いているのを見て碧は再び引き止めようとしていた腕をおろした
碧「由良…」
由良「っ、ごめんなさい」
涙を手で拭うともう片方の手で玄関のドアを押して部屋をあとにした
◯小走で碧のマンションから飛び出すとほんの少し前を歩いている依澄の姿が見える
由良「…っ」
見慣れたその姿を見つけて堪えていた涙が溢れだす
依澄に気づかれないように静かに泣く
依澄「由良ちゃん?え、何してるの?!」
◯振り返った依澄が由良に駆け寄る
由良「何でもない…」
依澄「何でもないって、泣いてるじゃん」
◯背の高い依澄が由良の目線に合わせる
依澄「碧君と何かあった?」
由良「っ、私先生のこと何も、知らなかったんだな、って。ただ先生のことが好きだっただけなのに、上手く笑えない…っ」
依澄「由良、ちゃん…」
◯由良の震える肩をそっと抱き寄せる依澄
由良「依澄君、ごめ…」
依澄を力のない手でそっと押し返す
由良「依澄君には関係ないのに本当ごめんね…」
依澄「っ、関係あるよ」
依澄(なんっ、で。こんなタイミングで…せっかく忘れようとしてたのに)
依澄は由良を抱きしめる力を強めた
由良「変じゃないかな?大丈夫、だよね」
由良モノローグ(今日は待ちに待った先生との初デートの日。あんまり可愛くなりすぎないように、でも女の子らしくなるように小花柄のロングスカートと上はシンプルに白いTシャツを合わせた。まだ夏真っ盛り、おろしていると汗をかくから髪の毛は緩く巻いてポニーテルにする)
由良モノローグ(先生は家まで来るまで迎えにきてくれると言っていたけど待ち合わせというものを私がしたいとわがままを言って合わせてもらった)
◯待ち合わせ場所に着く・昼少し前
由良「嘘」
そこにはまだ時間の10分前なのに柱にもたれかかってスマホを確認してる碧がいた
いつもの服装よりはかなりラフでデニムに黒いTシャツを着ている
由良「せ、先生!」
小走りで碧に駆け寄る由良
碧はその伏せた目を由良に合わせて嬉しそうに笑った
碧「早かったね?まだ10分前なのに」
由良「いや、先生の方が早かったですよ!お待たせしちゃってごめんなさい」
碧「んーん。俺が早く着きすぎただけ。楽しみでさ」
ニコッと音がしそうなくらいの笑顔でそう言うから照れて黙る由良
碧「どうした?」
俯く由良の顔を下から覗き込んで目が合うとまさかの碧も赤くなった
碧「由良が照れるからなんか俺も恥ずかしいんだけど。てか、可愛いね今日」
由良「えっ!そ、そんなことないです」
顔の前で横に手を振る由良の腕をパッと掴んで
碧「可愛いから。あと、敬語もう無しね」
そう言った
由良「は、うん。分かった」
碧「よし、行こっか」
満足そうに笑顔で頷くと手を握って歩き出した
◯すっかり陽が落ちて外は暗くなっていた・時刻19時過ぎ・ウインドウショッピングを終えたふたり
碧「良かったら俺の家来る?」
由良「いいの?そんな急に」
碧「もちろん。由良が嫌じゃければだけど」
由良「嫌じゃない、です。もっと一緒にいれるってことだよね?そんなの嬉しい…」
言いかけた由良を碧は思わず抱き締めた
由良「きゃっ、先生、ここ外だよ…」
碧「ん?だから何」
抱き締めながらそう言うせいで耳元で碧の優しくて低い声が聞こえてくる
由良「だ、だめだよ!」
すごく恥ずかしくなって腕の中で由良は言葉だけで抵抗した
碧「はいはい。じゃあ家だったらいいってことだよね?」
そんな意地悪な言葉を放って由良から離れるとほらと言わんばかりに手を差し出す
◯車に乗り込むふたり・碧の自宅へと車を走らせる
由良「お邪魔します」
◯碧の自宅・立派なオートロックのマンション・通された部屋は大きなソファがあって広いシステムキッチンがある
碧「大したもんないけど適当に座ってて」
由良「はーい」
キッチンで飲み物を用意してくれている碧の姿が絵になって思わず見惚れてしまう
「碧何?そんな見ないでよ。照れるから」
微笑む碧
由良「えぇー?そんなに見てたかな」
碧「見てたよ。はい、どうぞ」
カップをふたつ持って由良の横へと座る
由良「ありがとう」
目の前に置かれたいい香りのする紅茶が鼻をくすぐる
カップを置くと同時に優しく抱き締められる
由良「わ、急に」
恥ずかしさのあまり驚いたフリで抱き締めている腕を優しく掴んで離そうとするけれどギュッとされていて思い通りにはならなかった
碧の方を向こうと振り返るとキスをされる
碧「ごめん。我慢出来なかった」
謝るくせにちっとも悪そうにしいない碧がはにかんで笑う
なんとなくそのまま見つめ合ったところで碧のスマートフォンが鳴り響く
碧「ごめん。ちょっと出ても良い?」
由良「あ、うん!」
一気に現実に引き戻されて恥ずかしくなり顔を背けた
碧「何だよ。依澄」
少しムスッとして電話に出ていた
由良がソファに座って待っていると
碧「はぁ?!今から?無理無理。だって由良来てるし」
そんな声が聞こえてくる
由良(どうしたんだろ)
碧が仕方ないなという顔をしながら受話器口を手で押さえながら由良に言った
碧「ごめん…今から依澄、と俺も知り合いの人が来たいって言ってて…なんか家のすぐ側まで来てるとか言うんだよね」
由良「そうなの?そしたら私帰る…」
言いかけた私の言葉を遮るように
碧「それは嫌」と子どもみたいな駄々をこねる
由良「ふふ、子どもみたい」
碧「だってもう少し一緒にいたいじゃん。あ、依澄?由良もいていいかな?うん、そう。分かった。後でな」
碧は勝手に話を進める
碧「嫌だった?」
眉を下げて顔色を伺っている
由良「嫌じゃないよ。でもその知り合いの人って、私がてもいいの?」
碧「何で?俺の彼女じゃん。ちょうどいい機会だからその人にも紹介するよ」
紹介、という響きにあまり慣れてなくて嬉しい気持ちが勝って頷く由良
◯数分後部屋のインターホンが鳴る・それに応じる碧
玄関が開くと依澄の声で「お邪魔します」が聞こえるが次に聞こえた声女性の声だった
凛としていて明るく「お邪魔しまーす」と気軽に言う
依澄「ごめんね碧君。由良ちゃんも」
久しぶりにちゃんと見る依澄は少し痩せて疲れているように見える
由良が返事をするよりも早く碧の知り合いだというその女性が口を開いた
女性「碧ー!久しぶり。びっくりした?」
依澄の背後から顔をひょこっと覗かせるその女性はダークブラウンの肩につかないくらいのショートヘアに長い手足、色白で綺麗な切れ長の目が美人だと物語っていた
碧「びっくりした?じゃねぇよ。帰ってくるなら帰ってくるってさぁ」
女性「えへへ。驚かせたくて。そちらは?」
碧のいつもよりうんと砕けた話し方にざわつく由良の心
それと同時にこの女性は先生とどういう関係なのかと色々頭を悩ませていると明るい声が耳に入ってくる
碧「俺の彼女。すげぇ大事な子なんだ」
由良の肩をグッと自分の方に寄せて真っ直ぐその人を見る碧
莉央「彼女…?彼女かぁ!そっかぁ。可愛い子だね?私は真白莉央です。こう見えてもピアニストなんだー」
莉央は驚きで目を丸くしつつもあっさりと由良の存在を認めて微笑んだ
由良「あっ、えと。羽月由良です。初めまして。ピアニストなんて、すごい」
莉央「そんなすごくないよ。あ、私のことは莉央でいいよ。由良ちゃんって呼んでもいい?」
クールそうに見えて案外気さくで優しい莉央に驚きつつ由良はすぐに打ち解けていく
由良「もちろんです!莉央さん」
◯莉央はキッチンに行き手際良く手に持っていたスーパーの袋からお酒の缶やら何やらを取り出す
由良「私も手伝います」
莉央「本当?じゃあお願いしちゃおっかな」
◯キッチンには由良と莉央のふたりの姿が並んでいる
莉央「碧とは付き合って長いの?」
◯手際良くおつまみを並べながら由良にそう聞く・由良はお皿を並べている
由良「全然です。まだ1ヶ月とかその辺です」
莉央「そっかぁ!1番楽しい時期だね!いいね」
由良「そういえば、莉央さんと先生ってどんな関係なんですか?」
何となく聞いてみるが莉央は一瞬目を伏せてすぐに笑顔に戻って「腐れ縁みたいなものかな」
微笑んだ
莉央「由良ちゃんさ、別に何も心配しなくていいんだからね」
由良「え?」
莉央「碧のこと!あいつすごく一途だから」
リビングで依澄と談笑している碧を優しく見つめる莉央
莉央「ふたりともー!できたよ」
そう言いながら莉央はお皿を持ってキッチンを後にする
◯四人でテーブルを囲む・莉央はお酒を沢山飲んで日頃のストレスを口に出す・それを頷いて聞く碧
ついていけない由良に碧はごめんなと申し訳なさそうに謝る
全然大丈夫だというふうに笑って見せれば安心した顔に戻る碧
◯横を見てさっきまでいたはずの依澄がいないことに気づく由良・リビングのカーテンがふわりと風に揺れていて目線をそこへ移せばベランダが少しだけ開いている
由良「依澄君?」
◯酔ってきた莉央の介抱を碧に任せてベランダへと足を運ぶ由良
依澄「あ、由良ちゃん」
◯ ベランダの柵に寄りかかっている依澄
由良「どうかした?具合悪い?」
依澄「大丈夫。ちょっと涼みたいなって思っただけだよ」
由良(あ…この顔懐かしい…)
◯ふわっと笑う依澄
由良「そっか。それなら良かった。なんか…ちゃんと話すの久々だね」
◯同じようにベランダの柵にもたれる由良
依澄「そうかな。どう?碧君とはうまくいってる?」
由良「うん。た、ぶん?」
依澄「ふは、何だそれ。でも良かった」
由良モノローグ(そう言って笑う依澄君の横顔がなぜだかとても寂しそうに見えて私は思わず顔を覗き込んだ)
由良「なんか…依澄君元気ない?大丈夫?」
依澄「…由良ちゃん。それ無自覚だよね?」
◯依澄は由良の方を見ないで話す
由良「え?どういう」
依澄「ふっ、何でもないよ。そろそろ中入ろっか」
先に室内に戻ろうとする依澄の後ろを由良はついて行った
◯リビング・お酒でかなりぐでんぐでんな莉央の姿
依澄「えぇ、もう何やってんの莉央さん」
莉央「んえ?依澄じゃん。何ってなんも?」
碧と依澄は顔を見合わせて溜息を深くつく
碧「悪い、由良、依澄。ちょっと莉央のこと送ってくるわ」
その手には車のキーが握られていて片方の空いてる手でごめんと謝った
依澄「いやいや、僕が連れて帰るよ。碧君は由良ちゃんといなよ」
碧「そうしたいんだけど、さすがにあれじゃ歩いて帰れないだろ」
碧が溜息をついて目線をやると莉央がソファで完全に伸びていた
◯ちらっと由良を心配そうに見る依澄に微笑んで自分は大丈夫だとみせる
由良「気にしないで!送ってきてあげて」
碧「由良、本当にごめん。すぐ帰ってくる」
由良「うん全然平気」
由良モノローグ(全然平気って思いたいのに莉央さんが先生に触れるのが嫌だなんて私心狭いな)
◯玄関のドアが閉まる音が聞こえる
さっきまで騒がしかったはずの部屋が急に静かになり依澄と由良がふたりきりになる
由良「私、後片付けでもしようかな」
依澄「手伝うよ」
◯テーブルを拭きあげる由良・依澄はお皿を下げている
由良「最近は忙しいの?」
依澄「そんなことないよ。どうして?」
由良「ほら、講義終わるとすぐ帰っちゃうから」
依澄「あぁ。あれか…。まぁちょっと色々あって」
由良「…色々って?」
依澄「ううん、大丈夫」
依澄(由良ちゃんと碧君を見るのが辛いからとか言えないよな)
由良「っ、でも」
依澄「…じゃあさ、いややっぱいいや」
依澄(僕は今何て言おうとしてたんだ。碧君じゃなくて僕といてよ、って?あの時嘘をついたのは僕だろ)
由良「やっぱいいって本当は何かあるの?」
依澄「ないってば。ほら早くやろ」
◯無言の由良と依澄
◯数十分後玄関のドアが開いた音がする
依澄「碧君おかえりー」
さっきとはうってかわって気の抜けた声で玄関の方を覗く
碧「ごめんな。ふたりに片付けさせちゃって」
◯綺麗になったテーブル
由良「ううん。莉央さん大丈夫そう?」
洗い物が終わった手をタオルで拭きながら碧の方へと歩いて行く
碧「なんとかな」
頭を掻いて少し疲れた顔を見せる碧
依澄「じゃあ片付けも終わったことだし。僕はもう帰るよ」
碧「本当に助かった。依澄のことも送って行ってやりたいけど…」
依澄「僕はいいよ。お酒飲んだわけじゃないし。由良ちゃんと一緒にいてあげて」
碧「悪いな」
依澄「こっちこそ。いきなり来てごめんね」
碧「あー、そのことだけど。莉央が無理矢理誘っちゃったから依澄にも謝っといてだと」
依澄「お酒飲むと優しくなるねあの人」
碧「だな。じゃあ気をつけて帰れよ」
依澄「うん。またねふたりとも」
◯ひらりと手を振る依澄・リビングから出て行く
なんとなくソファに座ってみると碧も由良の隣に座った
碧「あのさ、今日嫌じゃなかった?」
由良モノローグ(それはデートなのに莉央さんが途中で来たからという意味だろうか)
由良「楽しかったよ」
由良が笑ってみせると碧はホッとしたように肩を落とした
碧「…あともうひとつ言いたいことがあって」
由良「言いたいこと?」
碧「俺、昔って言っても大学時代なんだけど莉央と付き合ってたんだ卒業するまでずっと」
由良モノローグ(そう言われた瞬間なぜだか妙に納得した自分とまさかという気持ちの自分がいた)
◯莉央との会話の回想シーン
"あいつすごく一途だから"
莉央の凛とした明るい声が脳裏を掠める
碧「別に隠すこともないと思ったから一応言っておきたくて…由良?」
由良(でも、これはさすがに予想外だったなぁ)
由良「え?あぁうん聞いてる聞いてる。そうだったんだぁ。だからあんなに仲良かったんだね」
碧「気にしてない?」
由良モノローグ(正直凄く気になる。だってあんな美人で明るくて優しい人がずっと、ずっと先生の隣にいたんだと思うと自分じゃ釣り合わない気がしてしまう)
碧「由良?」
由良「大丈夫だよ。先生と莉央さんだからあんなに仲良かったんだね」
由良モノローグ(莉央さんと先生がもう何もないって分かってるのに、莉央さんの先生を見つめる優しい顔を思い出して自分の心の隙間に凄く嫌な空気が流れ込む)
由良(あ、だめだなんか泣きそう)
由良「…私帰るね」
碧の顔を見ずにソファから立ち上がる
碧「由良、待って」
由良の腕をスッと掴み引き止める
由良「ごめんなさい…」
由良はその腕を弱く振り払うとその場から動き出した
碧「もう本当に莉央とは何でもなくて」
由良「そうじゃないの」
由良(違うの先生。分かってるけど、でも)
碧「そうじゃないってじゃあ何で…」
由良「…私、先生のことちゃんと分かってるって思ってた。でもやっぱり何も知らなかったのかも」
碧「は、どういう意味…?」
不安な顔をして由良をソファから見上げる
由良「私ばっかり先生のことが好きみたい」
碧「え?そんなことないって」
由良(莉央さんのあんな優しそうな顔見てもそんなこと言えるの?)
由良モノローグ(伝えてしまいそうな言葉をぐっと飲み込む)
由良「まだ終電もあるしひとりで帰りますね」
碧「話逸らすなって」
リビングから出て行こうとする由良を追いかける
碧を振り返った由良が泣いているのを見て碧は再び引き止めようとしていた腕をおろした
碧「由良…」
由良「っ、ごめんなさい」
涙を手で拭うともう片方の手で玄関のドアを押して部屋をあとにした
◯小走で碧のマンションから飛び出すとほんの少し前を歩いている依澄の姿が見える
由良「…っ」
見慣れたその姿を見つけて堪えていた涙が溢れだす
依澄に気づかれないように静かに泣く
依澄「由良ちゃん?え、何してるの?!」
◯振り返った依澄が由良に駆け寄る
由良「何でもない…」
依澄「何でもないって、泣いてるじゃん」
◯背の高い依澄が由良の目線に合わせる
依澄「碧君と何かあった?」
由良「っ、私先生のこと何も、知らなかったんだな、って。ただ先生のことが好きだっただけなのに、上手く笑えない…っ」
依澄「由良、ちゃん…」
◯由良の震える肩をそっと抱き寄せる依澄
由良「依澄君、ごめ…」
依澄を力のない手でそっと押し返す
由良「依澄君には関係ないのに本当ごめんね…」
依澄「っ、関係あるよ」
依澄(なんっ、で。こんなタイミングで…せっかく忘れようとしてたのに)
依澄は由良を抱きしめる力を強めた