愛のち晴れ 海上自衛官の一途愛が雨女を幸せにするまで
 
「大切にしたいと思える相手に出会えたら、絶対に逃すなよ」

 またつい考え込んでいたら、感情のこもった声で言った岩下二佐が、俺の肩に手を置いた。
 そういえば岩下二佐は、上司から勧められたお見合い話を蹴って、今の奥さんと大恋愛の末に結婚したと聞いたことがある。
 機会があれば、その話もぜひ聞いてみたいところだけれど……。

「午後も頼むぞ、晴れ男」

 最後の最後にそう言った岩下二佐は、俺の肩を軽く叩くと、ニヤリと口角を上げて去っていった。
 俺と村井は思わず顔を見合わせる。
 ああ、やっぱり、俺たちの会話は岩下二佐に聞かれていたのか。

「……なぁ、航。なんであの人、こういうときだけ聞き耳立ててんだろうな」
「俺らの声がうるさかっただけだろ」

 特に村井が、と付け加えると、「お前のせいだろ」と脇腹を肘で小突かれた。
 海風に揺れる艦旗が、空を泳ぐようにはためいている。それは初めて陽花を見たときの感情を思い起こさせ、胸の奥を締めつけた。
 あの日──ランニング中、長い黒髪が海風に揺られ、美しくなびいている様子に俺の目は奪われたんだ。

『恋愛してない奴が、恋愛漫画を描いて何が悪いのー!?』

 だから、あの華奢(きゃしゃ)な体からそんなに力強い声が出るのかと、衝撃を受けた。
 面白くて、変わっている子だなと思った。
 だけど実際に話してみた彼女は強さと(もろ)さと優しさを兼ね備えている人で、知れば知るほど興味を引かれるばかりだった。

『水瀬さんのような人が、国を守るために働いてくれてるんだって思ったら、安心しました』

 そんなふうに言われて、俺と同じ制服を着ている人間の中で喜ばない奴はいないだろう。
 嬉しかった。そして、自分自身を誇らしく思えた。
 素直な彼女の笑顔を見ていると、透き通った海を覗き込んだような気分になる。
 静かで、どこまでも深く、そして安心感を与えてくれる。
 見知らぬ男に陽花が迫られているのを見たときには、自分の中にこんな激情があったのかと驚いた。
 彼女を傷つける者は許さない。仕方がないことだとわかっていても、あの綺麗な瞳が、過去に俺以外の男を映していたと思うと、悔しくなった。
 気づけば拳を握りしめていて、理屈も、立場も忘れそうになったのは初めてだった。
 ああ……そうか。陽花が初めてなんだ。
 こんなにも、俺の心を揺り動かす人は──。守りたい、他の誰にも渡したくないと思える人に出会ったのは、生まれて初めてだった。

 
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