愛のち晴れ 海上自衛官の一途愛が雨女を幸せにするまで


「痛いところはありませんか?」

 艶のある低音が耳をかすめる。

「え──あっ、だ、大丈夫です!」

 (よこしま)な妄想から我に返った私は、あわてて首を振って彼から離れた。
 あまりに完璧かつ理想的な見た目だから、ついまじまじと眺めてしまった。
 胸の鼓動は打ち寄せる波のように不安定で落ち着かない。
 でも、いつまでも動揺していたら、この人にまで変な女だと思われる。
 私は胸に手を置き深呼吸をして、どうにか平静を取り戻そうとした。
 すると、彼が不意に足元へと目を向けた。

「このスマホ……」
「え?」

 見るとそこには、無残にも画面にヒビが入った私のスマホが横たわっていた。
 すぐに拾い上げてくれた彼は、申し訳なさそうに私を見る。

「すみません、弁償します」

 言葉少なにそう言われて、私は反射的に首を横に振った。

「いえ! きちんと周りを見ていなかった私が悪いので、弁償は結構です」

 私が急に振り向いたせいで、ぶつかってしまったのだから。
 スマホの画面が割れたのはショックだけど、謝らなければいけないのは私のほうだし、彼が責任を感じる必要はない。

「でも、俺がよけきれなかったから」
「いきなり動かれたら無理ですよ」

 今度は小さく首を振る。
 そういえば彼にも、私の恥ずかしいシャウトを聞かれた可能性があるのでは……?
 でも、彼はイヤホンをつけているし、聞かれずに済んだのかも。

「私のほうこそ、ぶつかってしまってすみませんでした」

 まさに不幸中の幸いだ。骨ばった手からスマホを受け取った私は、内心ホッとしながらほほ笑んだ。

「あなたが助けてくださったから、怪我(けが)をせずに済みました。本当にありがとうございました」

 そう言うと私は、背筋を伸ばして頭を下げた。
 ゆっくりと顔を上げてもう一度彼を見ると、彼は薄く開いた唇を静かに閉じる。
 確認も兼ねて彼の前でスマホに触れると、ロック画面が表示された。
 どうにか生きていたようでまたホッとする。

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