フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
「……あ、私だけなんてことはないですよね。伊東さんには友達も彼女がいたことだってあるでしょうし。すみません、勝手に妄想しちゃって、そういうシチュエーションのような気がしたってだけで……」

「楓だけだ」
 
遮られて口を閉じた。

「え?」

「この部屋に来たのは楓だけだ」

「……そ、そうなんですね」
 
そう言う彼の目が今までと少し違っているように思えて楓の胸が高鳴った。
 
なにか重要なことを告げているかのような彼の真剣な眼差しに、心臓が痛いくらいに鳴り出して慌ててシャツの胸元をギュッと握った。
 
伊東が咳払いをして、「あのさ」と口を開いた。
「はい」

「この前も、楓は……俺に、ドキドキするって言ったよな」
 
楓はこくんと頷いた。

「その気持ちは、楓自身の……もの?」

「この気持ち? 私自身の……?」
 
今熱心に血液を全身に送り込んでいるのは間違いなく楓の心臓だ。その証拠に、全身が熱くなっていく。
 
それはその通りだが、どうしてそんなことを聞くのだろうと首を傾げ、そこでハッと閃いた。

「あ! はいそうです。おしえてくれてありがとうございます。この気持ち、しっかり書き留めておきますね」
 
意味深な彼の言葉は、今感じている恋のドキドキを小説に活かすなら、しっかり覚えておけよという意味だ。
 
ようやくそれを理解して、楓は慌ててカバンからスマホを出した。
 
危ない危ない。
 
ドキドキがあまりにリアルで、伊東があまりにカッコいいから見惚れてしまって本来の目的を忘れるところだった。
 
楓が小説を書くために彼はひと肌脱いでくれたのに。無駄にしてはいけない。
 
コトマドの下書きページにポチポチと今の気持ちを打ち込んでいると、伊東が噴き出した。

「え?」
 
顔を上げると、彼は横を向いて肩を揺らしている。

「あのー……」
 
もしかして私間違えた?

「なんでそうなるんだ。予想外すぎるだろ」
 
あ、やっぱり。

「あの、ごめんなさい。どういう意味でした?」
 
さっきとは別の意味でドキドキとしながら尋ねる。
 
こういうズレた反応が、人から嫌煙される原因だと経験でわかっている。こういうことを繰り返すうちに、だんだんと疎遠になっていくのだ。

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