フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
自身も本が好きな楓にとっては、興味をそそられる光景だ。

「伊東さん、あの本棚を見てもいいですか?」
 
いい香りのする鍋をかき混ぜている伊東に尋ねた。

「いいよ。でも楓が読みたいものはないと思うけど。俺、小説は読まないから」
 
それでも本というだけでそそられる。
 
許可が出たのをさいわいに、楓は本棚に歩み寄る。そしてズラリと並ぶ背表紙に書かれたタイトルたちに絶句した。
 
どうやら分野ごとに分類されて並べられていると思しき書籍は、タイトルだけを見ても多岐に渡るというのがわかった。

『デジタルマーケティング理論』

『予測可能な消費メカニズム』

『プレゼンの極意』

『あの商品が売れ続ける理由』
 
このあたりは営業職である彼の仕事に直接関わるものだろう。
 
それ以外にも、雑学や料理本、自己啓発本などあらゆる分野のタイトルが並んでいる。
 
TOEICやファイナンシャルプランナーといった資格取得のための参考書もあった。
 
驚くべきは『優しいデザインの教科書』や『配色の原理』といったデザインに関する知識を得るためのものまであることだ。
 
まさか彼はこれらの書籍をすべて読んだということだろうか。

「楓、準備できたけど。どうした?」
 
本棚を前に啞然とする楓の隣にいつのまにか伊東が来ていた。

「これ……全部伊東さんの本ですか?」

「そうだけど」

「すごい量」

「今どき紙?って感じだろ。でもなんか電子だと頭に入んないんだよな 。それより準備できたからどうぞ」
 
まだ驚きから抜けきれないままに、楓はリビングへ戻りダイニングテーブルについた。

「飲み物はどうする? ミネラルウォーターか、オレンジジュース。ワインもあるけど」
 
そう言って、伊東はなにかを思い出したようにくっくと笑った。ウーロンハイ事件を思い出しているのだろう。
 
楓は口を尖らせた。

「アルコールは、向こう三百年飲まないと決めましたから」

「その方がいい。お子ちゃまにはメロンソーダがお似合いだ」
 
ダイニングテーブルには、ランチがセッティングされている。メニューはビーフシチューにサラダ、パン、オードブルまである。

「久しぶりに作ったから、成功するか微妙だったけど、味見したら、まぁなんとかって感じだった。口に合うといいけど」
 
向かいの席に座る伊東の言葉に楓はぽかんとしてしまう。

「これ伊東さんが作ったんですか……?」
 
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