フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
今日は伊東の家でランチをとる予定になっていて、あらかじめ好き嫌いの有無や希望を聞かれていた。てっきりテイクアウトするのだと思っていた。

「山田事務機器ってあるだろ? あそこのオーナーの息子さんが料理教室を開いてるんだよ。で、ちょっと前に受けた。『これであなたも料理男子・六回コース』ってやつ。なかなかおもしろかったよ。……どうかした?」
 
啞然としてしまった楓に、伊東が首を傾げた。

「なんていうか、営業さんって……すごく大変なんだなーって」

「意外と古典的なやり方だろ? だけどなかなか商品の説明だけじゃ、話を聞いてもらえないしな。結局は人とのやり取りだからさ。だからってなんでもかんでもはやれないけど。まぁ、料理は覚えておいて損はないし。料理できるってイメージアップにもなるしな」
 
にやりと笑って、こともな気に彼は言う。
 
けれど楓は返す言葉がなかった。
 
前回デートした時も、その完璧な外面の下にある努力の片鱗は垣間見た。
 
——けれどここまでだったとは。
 
ビーフシチューはスプーンでほろほろと崩れる肉が最高に美味しかった。

「すごい、美味しいです!」

「昨日から赤ワインで仕込んであるから」

「本格的じゃないですか。料理男子なんてレベルじゃないですよ、ビストロ男子です」

「そんなに?」
 
ははっと笑ってミネラルウォーターを飲む伊東に、なんだ楓はもどかしいような気持ちになった。
 
今までの楓なら、なんでもできる人っているんだなくらいの感想だったかもしれない。生まれながらにしてのアドバンテージが違うのね、と。
 
でも今はまったくそうは思わない。
 
完璧でなんでもできる伊東さん、それはそうかもしれないけど、〝そつなくできる〟というわけではないのだ。
 
急に、自分が恥ずかしく思えてきた。
 
なんて浅はかなんだろう。
 
もともとなんでもできる人なんているわけがないじゃないか。人よりも優秀であるためには、人よりも努力を重ねる必要がある。
 
——もっと彼のことを知りたい。
 
恋愛体験とは関係ないのはわかっているが、そう強く思った。

「……伊東さん、聞いてもいいですか?」

「なに?」

「あの本棚にデザイン関係の本もあったんですけど、もともとは伊東さんデザイナー志望なんですか?」
 
疑問をぶつけると彼は首を横に振った。

「いや、俺ははじめから営業志望だ。あの本はそういう目的じゃなくて他部署の仕事内容を知る必要があるから読んだだけだ。なにをしてるか知っておけば、業務上の摩擦を減らせるから」

「そう、なんですか……」
 
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