フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
可愛いデコレーションのケーキを前に妄想の世界に飛ばされず、目の前の相手との会話に夢中になる。
 
こんなことははじめてだった。
 
食事のあとはリビングにある大きなテレビで映画を見ることになった。
 
楓が選んでいいよと言われて、配信サイトの一覧にずらりと並ぶサムネイルを見ながら話すうちに、伊東が映画に詳しいことを知った。
 
これも営業の仕事のためかと思いきや、どうやらそうではないようで本当に好きなのだとわかる話ぶりだった。
 
彼の丁寧な解説を聞きながら、結局、ふたりとも見たことがある名作アニメを見ることになったのだ。

「私、本ばっかりで映像はあまり見ないけど、こうやって家のテレビで観れるならいいですね。私も契約しようかな」

「まぁ、観ないならすぐに止めればいいだけだからな」

「だけどうちのテレビ、こんなに大きくないしなー」
 
伊東のテレビはスクリーンが大きく音響も堪能できるように、いいスピーカーを置いている。
 
上京する時に父が親戚の誰かから貰ってきたお古のテレビは小さくて、楓のワンルームマンションにはぴったりだが、あれで観ても今みたいに楽しめないだろう。

「ま、そんなに観ないなら映画館でやってるうちに観る方がいいよ。古い映画も探せば案外リバイバルとかでやるから」
 
彼は簡単にそう言うが、楓にはない発想だった。言うまでもなく一緒に観にいく人がいないからだ。
 
もちろんひとりで観にいっても問題はないし、そういう話もよく聞くが伊東ならきっと一緒に行く人はたくさんいるのだろう。
 
……例えば、彼女とか。
 
そんなことを想像して、胸がズキンと鈍く痛んだ。
 
ん?と、首を傾げる。
 
なんでこんな気持ちになるのだろう?
 
彼が女性と映画館に行く。楓と違って大人っぽくて綺麗な、彼に相応しい女性だ。彼ならば、一緒に行きたいという人は掃いて捨てるほどいるだろう。
 
営業部の王子さまは、個人的な連絡先は受け取らないというのは一部の女性社員には知られた話だが、その気になればいつだって……。

「どうした?」
 
急に黙り込んだ楓に、伊東が首を傾げる。慌てて楓は取り繕う。

「映画館はあんまり行かないなーと思って。小さい頃は親に連れて行ってもらいましたけどね。妹とふたりで『タヌえもん』」
 
青いたぬき型ロボットのアニメだ。

「毎年夏に公開するから、夏休みに入ったら、必ず父が連れて行ってくれたんです。なぜか映画は父が連れていくって決まってて。伊東さんも行きました? タヌえもん」
 
なにげなく尋ねると、伊東が「いや、俺は行かなかったな」と答えて目を逸らした。
 
タヌえもんは全子供が好きなアニメだと思っていたが、例外もあるのだろう。
 
彼のように、のちのち映画通になるような子供の感性には刺さらないのかもしれないと納得していると、彼はまったく別の言葉を口にした。

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