フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
「はじめて映画館に行ったのは……高校生になってからかな、友達と行くようになってから。うちは母しかいないんだけど、会社を経営してて、子供にかまう人ではなかったから」

「お母さん、社長さん、なんですか」

「そう。だから全然家にいなくて。留守番してる間、テレビが見放題でさ、配信サイトで映画ばかり見てたよ。だから映画にやたらと詳しい」
 
そう言って彼は窓の方へ視線を送る。

「ゲームもなんでもやり放題だったら、友達からはよくうらやましがられてた」
 
そう言って彼はふっと笑った。
 
わずかに目を細めているのは、ただ過去を懐かしく思っているからだろう。それしか考えられない。
 
そのはずだけれど、どうしてかその笑顔が寂しげに思えて、楓の胸がギュッと強く締め付けられた。
 
そのまま彼は沈黙する。
 
ブラインドから漏れる日の光に逆光になっている伊東の横顔を見つめるうちに、楓の頭にさっきの疑問が浮かびあがった。
 
どうして彼は、あれほどまでに完璧な自分を演じているんのだろう?
 
思ったと同時に口からついて出てしまう。

「伊東さんは、どうして会社であんな風に振る舞ってるんですか? あんなに、王子さまみたいに、完璧に」
 
まるで別の人格を——理想的な自分を演じるかのように。
 
多かれ少なかれみんなやっていることかもしれないが、それにしてもそこまでする必要があるのだろうか。
 
だって素顔の彼も十分魅力的なのに。
 
知りたい、という気持ちが再び胸から沸き起こる。
 
伊東のことを、彼のことを。
 
なぜそんなに寂しそうに笑うのか。
 
このひたむきな努力を隠して完璧を演じ続けているのか。
 
——それは彼が本心から望んでいることなのか。
 
けれど伊東が驚いたようにこちらを振り返ったのを見て後悔する。聞いてはいけないことだったかもしれない。

「すみません、変なこと聞いちゃった」
 
彼は首を横に振った。

「いや……そうだな」
 
そしてそこで口をつぐみ、少し考えてから口を開いた。

「もともとは……小さい頃、わがままを言ってはダメだと考えたのがはじまりだな。母が仕事第一の人で子どもに煩わされるのを嫌がるから。いい子にしていないと嫌がられるっていうのを常に考えてて……」
 
エンドロールが終わったあとの映画の紹介画面に視線を固定したまま、伊東は静かに話す。
 
その淡々とした表情からはなんの感情も読み取れない。

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