フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜

本当の気持ち

マンションの部屋に駆け込んで、ドアがバタンと閉まると同時に、楓はその場にへなへなと崩れ落ちる。伊東のマンションから自分の家まで無我夢中で帰ってきた。
 
まだなにが起こったのかがわからない。いやわかってはいるけれど、なぜそうなったのかがわからない。
 
なんであそこでその展開⁉︎
 
なにがどうなってそうなった?
 
その前段階にそんな兆候があったのだろうかと思い出そうとするけれど、まったくなにも思い出せない。
 
キスの……あれをキスと呼ぶのかどうかわからないけれど、でもその瞬間の唇の感触と頬を包む乾いた温かい彼の手と、柑橘系の彼の香りと——‼︎
 
とにかくすべてが、楓の思考の邪魔をしてまったく正常に動かない。
 
と、そこでピンポンピンポンと呼び鈴が鳴る。
 
開けると早苗だった。

「は? 来るの明日じゃなかった?」

「一日早いけど来ちゃった。お姉ちゃんと王子の詳細をじっくり聞いてご先祖さまに報告しなきゃ」
 
相変わらずめちゃくちゃだ。
 
でも今の楓にとっては救世主だ。

「さ、早苗〜! お姉ちゃん、もうなにがなんだかわからないよ〜!」
 
泣きついて、とりあえず部屋に入る。
 
唐突なキスの理由を探るべく、ついさっきの出来事を話した。
 
きっとぎゃーぎゃーうるさいだろう。けれどキスの謎を解き明かすにはそれしかない、と覚悟を決めていたのだけど、彼女から出たのは意外な言葉だった。
「……訴えよう」

「は? なんで⁉︎」

「だっていきなりだったんでしょ? キスしたいなら、ちゃんと確認取らなくちゃ。同意なきキスは強制わいせつ罪です」
 
てっきりイケメンとのファーストキスコングラッチュレーショーン!くらいのテンションになると想定していた楓はびっくりだ。

「だけど恋愛小説ではよくあるじゃん。ヒーローがヒロインに壁ドンからのいきなりキス! みたいなシチュエーション」
 
早苗がため息をついた。

「そんなのフィクションの中だけのお話です。たとえイケメンでもそれは有罪。今の彼、弁護士の卵なんだ。いい弁護士さん紹介してもらおう」
 
え? もう新しい彼氏が?
 
さすが早苗。
 
しかも、恋愛に関してははちゃめちゃで、楓とは真逆の意味で両親を心配させていたけど、意外とちゃんとした恋愛観なのね……と感心してる場合じゃなくて。

「待って待って、そんなつもりはない」
 
慌てて楓はストップをかけた。

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