フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
皆が皆、同じ印象を抱く人物がいるとすれば、それはそうあろうと本人が決めている場合ではないだろうか。
 
伊東は、誰に聞いても礼儀正しく優秀な好青年だと言われている。
 
それ以外の評価を聞いたことがない。
 
つまりそれは彼がそうあろうと決めて、素顔を用心深く隠しているからではないだろうか。
 
おそらくその方が彼にとって都合がいいからだろうが、それにしたって……と、楓は嫌な気分になる。
 
いくらなんでも口が悪すぎ。
 
それからは、伊東を見かけるたびに、脳内で声が聞こえるようになってしまった。
 
ミスをした他の社員に「大丈夫ですよ、僕がやっておきますね」と優しくフォローしているのを目にした時。
 
——何回同じミスすんだよ。俺にフォローされる前提で仕事すんな、無能ども。
 
受付の女性社員にランチに誘われ「これから社外へ出なくてはいけなくて……残念です」と申し訳なさそうにしているのを見た時。
 
——俺の貴重な休み時間をなんでお前と共有しなきゃならねえんだ。そもそもお前と飯食う理由がどこにある?
 
もちろんすべて楓の脳内だけの妄想的アテレコだが、まったくのフィクションというわけでもないだろう。
 
ただそんなことを繰り返すうちに、まあそれもありかもしれないと思うようになった。
 
はじめはドン引きしたが、誰にだって本音と建前はある。
 
直接罵倒するならいざ知らず、思うだけなら本人の自由。それを最低と言い切るほど、自分はできた人間ではない。ふたりの口ぶりから察するに、告白の件は、女性の方がしつこくしていたようだし。
 
そもそも楓は彼と関わることはほとんどないのだから、騙されているというわけでもない。
 
だから、というわけではないが楓はそれを誰にも言わなかった。
 
そんなことをする理由がなかったし言ったところできっと誰にも信じてもらえない。それくらい伊東の評判は鉄壁だ。
 
だから知ってしまった秘密はそのまま胸の中に閉じ込めて、もしかしたらいつか小説のネタにするかも?というくらいで終わるはずの話だった。
 
——それなのに。
 
不覚にも楓がそれを漏らしてしまったのが三日前のこと。
 
しかも相手は、よりによって、伊東倫。
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